別居婚夫婦が「里親」を目指す意外な理由 子どもは持たない、だけど未来に関わりたい

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「デモの訴えのひとつに、『子どもたちを守ろう』があります。だけど、子どもがいない同世代からは『放射能を浴びたとしても30年後ぐらいには死んでしまう自分たちには関係ない』という声も聞こえます。私たちも子どもがいないけれど、自分たちの老後だけを考えるのはむなしい。未来のために何かしたい、子どもに関わりたいと思いました」

話し合った末に、宏美さんと幸一さんが見つけた答えが里親だった。各自治体の児童養護施設などから「一時預かり」の形で子どもたちを自宅に受け入れるのだ。長くて18歳まで、短ければ夏休みの1泊だけ。様々なパターンがある。

別居婚という形をとっている宏美さんたちが応募できる自治体は多くない。宏美さんは「応募資格は緩いけれど里親研修は全国有数の厳しさ」で知られる関東地方の自治体を見つける。その自治体に引っ越しをし、幸一さんとともに1年間の研修を受けている最中だ。

「応募するには、A4で10枚近い記述式の質問票に夫婦で答えなければなりません。自分たちの子ども時代から振り返って書かねばならないのですごく時間がかかりました。その後、何人もの面接官から1回につき2時間半もかかる面接を受けます。研修では、あらゆるワークショップに参加しなければなりません」

宏美さんによれば、あまりに大変な里親研修に耐えきれずに脱落したり、夫婦仲がおかしくなってしまうケースもあるという。それでも宏美さんは厳しい研修に意義を感じている。

「心に傷を負っている子どもたちを受け入れて一緒に生活するのは、子どもたちだけではなく私たち大人にも負荷がかかります。例えば、子どもと一緒に電車に乗っているとき、保護される前の子どもの友だちから『その人は誰?』と聞かれたらどうするか。『新しいお母さん』と『知り合いのおばちゃん』のどちらが正解なのか。

正解はなくて、いろんなケースと答え方があるのだと知っておくことが大事。自分と連れ合いの考え方の相違を改めて知り、里親になるという同じ目標に向かって歩むことができるんです。うちの場合は夫婦仲が深まっています。無料でこんなに充実した研修を受けられるのはお得です」

実子でなくても、子どもに関わるということ

幸一さんのほうも「もし里親としての認可が下りなくても、すごくいい体験ができたと思う」とハードな研修を楽しんでいるという。宏美さんは幸一さんのこうした「ゆるさ」が大好きなのだ。

子は鎹(かすがい)という諺がある。宏美さんたちと同じく子どもがいない既婚者である筆者は、「夫婦仲が冷めても別れない理由としての子ども」という後ろ向きな意味でこの諺を認識していた。しかし、宏美さんの話を聞いて、違う考え方もあるのだと知った。

支え合えるパートナーを得た人間は、一人で生活していたときよりも格段に強くなる。その強さを自分たちの生活向上だけではなく、社会の未来のために使うこと。対象が実子であればわかりやすいが、血がつながっていない他者であっても「未来」を感じて優しくすることはできる。自分たちの力を誰かのために使うプロセスにこそ、相性のよい夫婦である証を見出せるのかもしれない。
 

大宮 冬洋 ライター

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おおみや とうよう / Toyo Omiya

1976年埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリングに入社するがわずか1年で退社。編集プロダクション勤務を経て、2002年よりフリーライター。著書に『30代未婚男』(共著、NHK出版)、『バブルの遺言』(廣済堂出版)、『あした会社がなくなっても生きていく12の知恵』『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(ともに、ぱる出版)、『人は死ぬまで結婚できる 晩婚時代の幸せのつかみ方』 (講談社+α新書)など。

読者の方々との交流イベント「スナック大宮」を東京や愛知で毎月開催。http://omiyatoyo.com/

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