GPIFが抱える「5.3兆円損失」以上の問題点 運用資産をめぐる「不透明なお金の流れ」

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今回全面リニューアルされたGPIFの「平成27年度末業務概況書」の中で強調されているのは、「年金財政上求められる運用利回りを上回っています」ということである。この「年金財政上求められる運用利回り」は、「参考ケース」で0.23%、「経済再生ケース」で0.19%とされている。

この「年金財政上求められる運用利回りを上回っています」という説明は、GPIFの運用損失が直ぐに年金給付等に影響を及ぼさないことを強調するためのものと思われる。

確かに日本の年金制度は基本「賦課方式」であり、緩衝材の役割を果たしているGPIFの運用資産の減少が、直ちに年金給付の減額に繋がるものではない。

しかし、「年金財政上求められる運用利回り」が過去10年間でマイナス0.08%(参考ケース)、15年間で0.23%(同)であることを考えると、2014年10月に国内債を減らして、わざわざ株式等のリスク資産を増やすという基本ポートフォリオの変更が必要だったのかという疑問が生じてしまう。

ちなみに、GPIFが基本ポートフォリオの変更を行った2014年10月時点で10年国債利回りは0.5%前後であり「年金財政上求められる運用利回り」を上回る水準であった。

国債利回りが「年金財政上求められる運用利回り」を上回り、国債投資だけで「年金財政上求められる運用利回り」を確保できたのであれば、そもそも基本ポートフォリオの変更によってリスク資産を増やす必要はなかったということになる。

多額の運用損失を生じても「年金財政上求められる運用利回り」は上回っており、年金給付には全く問題はないという主張は、そもそもGPIFにはリスク資産を増やして高い運用利回りを求める必要がなかったということでもある。

「GPIFの政治利用」を示唆する業務概況書

そうしたなかで、国内株などリスク資産を増やしたとすれば、それは「株価対策」であったと非難されてもしかたがない。

反対に、国債利回りが「年金財政上求められる運用利回り」を上回るなかでGPIFが基本ポートフォリオの変更によってリスク資産を増やす必要があったのだとすれば、それは「年金財政上求められる運用利回り」では、必要な年金給付を確保できないということを意味するものだ。

つまり、「年金財政上求められる運用利回りを上回っているから大丈夫」という説明を信じれば、GPIFの基本ポートフォリオ変更の謎が深まり、基本ポートフォリオの変更の正当性を信じれば、「年金財政上求められる運用利回り」を上回っているから大丈夫」という説明が信じられなくなるという状況に陥っている。

5兆3000億円に上る運用損失を明らかにした「2017年度業務概況書」は、GPIFの運用資産が政治的に利用されている疑念を抱かせる内容になっている。一つだけ言えることは、公的年金の運用に求められるものは「保有全銘柄の開示」ではなく、公的年金運用方針に関する議論の透明性であるということだ。

近藤 駿介 金融・経済評論家/コラムニスト

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こんどう しゅんすけ / Shunsuke Kondo

1957年東京生まれ、早稲田大学理工学部土木工学科卒業後、総合建設会社勤務を経て、31歳で野村投信(現野村アセットマネジメント)に入社。株式、債券、先物・オプション取引等を担当した後、野村総合研究所に出向しストラテジストとして活躍。再び、野村アセットに戻ってからは、担当ファンドが東洋経済の年間運用成績第2位に選出されるなどファンドマネージャーとして活躍。その他、運用責任者として、日本初の上場投資信託(ETF)である「日経300上場投信」の設定・上場を成功させ、1996年に野村アセット初のプロフェッショナル・ファンドマネージャーとなる。現在は金融や資産運用に関する客観的な知識を広めるべく、合同会社アナザーステージを立ち上げ、会長兼CEOとして、一般向けの金融セミナーや投資セミナーなど専門家向けセミナー等も開催中。自身が手掛けるメルマガ『マーケット・オピニオン』は、個人投資家から圧倒的な支持を得る。

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