金融政策で賃金を上げるのは不可能である 経済政策アドバイザーの「良識」とは何か

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賃金上昇と物価上昇のメカニズムについては、渡辺氏は精緻な議論を展開している。「渡辺理論体系」は奥が深く、彼の研究の積み重ねに裏付けられており、ここで議論し尽くせないが(また必ず議論したい)、彼の議論を簡単に要約してみよう。

つまり、賃金上昇率ターゲットを設定し、金融緩和を行うと、労働者は、将来、財の需要超過から労働需要も超過となり、賃金が上昇すると期待する。この労働者の賃金上昇期待を反映して現実の賃金も上昇する(これを渡辺教授は賃金ターゲットのフォワードガイダンスと名付けている)。この足元の賃金上昇を受けて企業の価格設定は上昇する。つまり、賃金上昇を供給価格に転嫁するのである。

早川氏は「アドバイザーの誤謬」に陥っている

一方、早川氏はもっと現実的であり、金融政策により賃金を上昇させることは出来ず、金融政策以外の経済政策全体に於いても、賃金を上げる直接的な手段はほぼ存在しないとしている。早川氏の議論は、言外に、生産性の上昇は政策では難しく、個々の企業や個々人の努力や能力に期待するしかない、ということを示している。これらは、私の考えとまったく同じだ。

しかし、早川氏は非常に現実的でまともな元日銀理事の責任感から、それでも何か政策提言をしなければいけないと考えたのだろうか。

冒頭の記事においては、まず「企業が自ら生産性を高めるのを待つしかないが、それでは物価目標の実現には時間がかかりすぎる。またインフレ率2%を実現しておかないと、次のリーマンショック級の危機の時に金融政策の余地がなくなることを懸念し、何かをしなければならない」としている。

さらに、このためには「賃金上昇のためのマクロ政策が必要で、それには、安倍政権が行ってきたように、企業に賃上げすることを政府が要求することや、最低賃金の引き上げ、働き方改革を進める」よう、提案している。

 私は、これには強く反対だ。なぜなら、できないこと、実現しないことを、何も提案しないわけには行かないから提案すると言うことは、間違った提案をすることであり、政府や人々に誤った期待を抱かせることになる。

早川氏は誠実なエコノミストとして現状で何か提言しなければいけないという使命感、「アドバイザーの誤謬」に陥っているのだ。これは知的で誠実なすべてのエコノミストが現在陥っている誤謬である。

渡辺氏も早川氏も、物価さえ上がれば何とかなる、お金をばらまけばなんとかなる、今流行のヘリコプターマネー、やみくもな財政出動から大きく距離を置いた誠実なエコノミスト、アドバイザー達である。

再度強調しておかなければならないのは、金融緩和をすれば自動的に物価が上がり、物価が上がれば、あるいはマネーを拡大するだけで、景気が良くなったり、経済成長が起きたりすることで、日本経済の問題が解決するというような、安易な似非エコノミスト、エコノミストという名のポピュリストがいかに多いかということである。

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