若い貧困者が「見えない傷」をこじらせる理由 生活保護と貧困スパイラルの密接な関係

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「でも電気も水道も止まってないんでしょ。僕なんか学生のとき、いつも月末になると電気止まってたよ。服だって毎回違う服を着てるじゃないの。なんというか、なにかの片棒を担ぐみたいなことは僕はしたくないんだけど」

片棒とは、暗に不正受給を言ったのか。ぶしつけな医師の言葉に、視界が歪むような怒りを感じた。

仲岡さんは話の途中ですでに涙ぐみながら、うつだとか適応障害だとかの診断書を書いてもらえれば、生活保護申請の際に交渉材料になるはずだと医師に言うが、医師は「もう少し見ないと僕から病名はつけられない」と返す。

だが月に1度しか診察の機会がないのに、そのもう少しはどれほどの長さなのか。蓄えのない人間は1カ月も失職すればあっという間に貧困のどん底だ。

とはいえ、そもそも生活保護の申請にかかりつけの精神科医の診断書は不要だ。診断書は発行にカネがかかるし、福祉事務所に申し出て精神科通院のことを言えば、ケースワーカーのほうから主治医に確認をして病状と就労可能かの問い合わせをすることになる。

いたたまれなくなって僕がそう口を挟むと、医師はことさらに面倒くさそうに「はいはい、そういう確認が来たらちゃんと言っておくから。でも精神科にかかってる人間が全員生活保護なんか受けたら大変だよ。こうして薬だって出してるんだしさあ」。

追い返すように問診を打ち切られ、待たされてイラついた顔の次の患者に思い切りにらみつけられながら診察室を出た。

聞いているかぎり、この医師は生活保護制度についての知識もあいまいで、なんと生活保護の申請は区のハローワークに行けばいいと思っているようだった。

薬がもらえるという理由で精神科を利用

本当に冗談のような話だが、最も残念だったのは、クリニックからの帰り道で仲岡さんが、今後もその精神科クリニックに通うことで問題ないと言ったことだ。

その理由は、とりあえず行けば短時間で薬をもらえるから。それまでにもいくつかの精神科クリニックを回り、面倒くさいことを聞かずにスムーズに薬をくれるこのクリニックにたどり着いたのだという。

彼女にとっては、精神科通院は「頭痛持ちの人が薬局に通って頭痛薬を買う」のと同じ感覚で、ただ抑えがたい心の痛みを緩和する薬を、自身を切り刻み消し去りたい衝動と戦う輾転反側(てんてんはんそく)の夜にあらがうための薬を、簡便に与えてくれる存在として、このクリニックを選択、利用していた。

明らかにこのクリニックはそうした需要の「客」に対応することに特化していた感はあるが、ここでは精神科医療がすべてこうしたいい加減なものだとか、そうしたクリニックが横行しているとか批判したいわけではない。

問題は、その後の仲岡さんの状況が、加速度的に悪くなっていったことだった。

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