中国共産党とメディアの”仁義なき戦い” 南方週末は中央宣伝部に勝利したのか

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今回、南方週末サイドに立った文化人たちの多くが、中国の新指導者・習近平に期待しているのは「憲政」の実現だ。中国の憲法は内容的にかなり民主的な要素を盛り込んでいるのだが、共産党専制の下で憲法の理念は顧みられることはなかった。その中で中国の知識人たちは「いわゆる西欧式の民主主義などは求めないから、せめて憲法尊重の政治を行ってほしい」と体制内改革を主張しているのだ。

差し替えられた南方週末の新年社説のタイトルが「憲政の夢」だったことは偶然ではない。こうした南方グループのメディア人や文化人が、自らの思いを大きな流れとするためにこの社説を掲げようとしたが、その危険性に気づいた宣伝部が強硬手段に出たのだ。

戦いはまだまだ続く

読者の皆さんは疑問を持たれるかもしれない。中国におけるメディアは党の指導下にある以上、どうして南方系だけがリベラルな姿勢でいられるのか、と。

私もそのことは不思議に思い、いろいろな人に訪ねてみた。ある人は「広東省には昔から独立王国の要素がある」と言っていた。確かに、革命元老の葉剣英が広東省に強力な地盤を築いたように、広東省は昔から中央権力から距離を置く傾向があった。

また、広東省書記だった次世代ホープの汪洋に対し、南方系メディアは一貫して好意的な報道を行ってきたように感じるが、全国に影響力を持つ南方系メディアに取り上げられることは、中国の指導者にとっても大きなメリットがある。南方系のメディアの営業成績が伸びれば、広東省の党・政府はポストや資金などを得られる。そのような複雑で微妙な利益の均衡のなかで、南方系メディアと中央宣伝部との緊張関係がここ10年ほど続いてきたのだろう。

冒頭の「勝利はありえない」という言葉にあるように、今回の結末は、南方週末が編集の自主権を勝ち取ったかのようにみえるが、決して中央宣伝部の敗北というわけではない。

中国のメディアは、制度上、党や政府の監督下に置かれており、メディアを通じたイデオロギー工作は中国の政治体制の根幹のひとつである。その実行者である中央宣伝部は表面的に事態を沈静化させて世間の関心を薄れさせつつ、長期的には人事権などを活用しながら南方週末の体質をじわじわと変えていくに違いない。すでにその兆候も出ている。南方系メディアと中央宣伝部の戦いはまだまだ続くはずだ。

野嶋 剛 ジャーナリスト

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のじま つよし / Tsuyoshi Nojima

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞社入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経験し、2016年4月からフリーに。仕事や留学で暮らした中国、香港、台湾、東南アジアを含めた「大中華圏」(グレーターチャイナ)を自由自在に動き回り、書くことをライフワークにしている。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮社)、『銀輪の巨人 GIANT』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『台湾とは何か』(ちくま書房)、『タイワニーズ  故郷喪失者の物語』(小学館)など。2019年4月から大東文化大学特任教授(メディア論)。

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