英国EU離脱で「欧州と世界」はどう変わるのか EU研究第一人者の北大遠藤教授が分析

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ただし、欧州の国際政治を強大なドイツのくびきの下にあると描けば済むかというと、そう簡単ではない。というのも、ナチスを経験したドイツは、伝統的に自らへの不安(独語でAngst=アングスト)を育んできているからである。

かつてヘルムート・シュミット元首相は、「ドイツ人は恐れる傾向にある。ナチス期と戦争以来、それは意識の一端を占めてきた」と述べた。この不安ゆえに、自分の権力性にスポットライトが当たるのを嫌がるのである。

もちろん、ドイツ人は自信を取り戻し、ときに傲慢に振る舞うようにもなった。しかし、この意識は簡単にはぬぐえず、厄介な現れ方をする。先に述べた緊縮財政も、自らが権力的に課したというよりは、規律やルールの陰に隠れ、それが経済的合理性をもつという観念の下で実行される。その「合理性神話」が、自らに関するもう一つの神話、つまり勤勉家・節約家であるという自意識や成功体験と結びつき、手に負えないほど、硬い国民的なコンセンサスをなしている。

このドイツに、自らの図体が大きくなり、その一挙動が権力性を帯びてしまったという自覚は薄く、それに見合う責任意識は生まれない。したがって、緊縮を緩め、投資を促し、場合によっては債務を軽減することで成長を呼び込み、そのことでヨーロッパじゅうの中間層の厚みを増すという、客観的に欧州経済を円滑かつ持続可能な形で運営していくための措置は取られないままである。

言ってみれば、いまのドイツは戦間期のアメリカに近く、自身の権力と責任(意識)とが見合っていない状況にある。じつは、いま欧州で必要とされるのは、責任に見合ったより一層のドイツの権力行使であり、正しい権力の使い方なのだが、「ドイツの覇権が復活した(ので警戒せねば)」とだけ述べる多くの言説は、その必要を覆い隠してしまうのである。

「崩壊のボトムライン」はどこにあるのか

こうして中途半端なドイツの権力と責任感の下で、欧州経済社会は窒息する。そのなかで、不満分子は当然増え、反EU機運が盛り上がる。それを担うのは、イギリス同様、グローバル化=EU統合でないがしろにされてきたと感ずる中流以下の層である。

そうした反EUの勢力が目を付けるのが、国民投票という手法であろう。もうすでに去る2月の段階で、難民問題についてオルバン・ハンガリー首相は国民投票にかけると示唆していた(日取りは10月2日とイギリス投票後に表明)。また4月6日、オランダではウクライナとEUとの間の連合協定という枢要とはいいがたい争点を国民投票にかけ、結果は批准の拒否であった(約32%の低投票率のなか61%が反対)。

こうした流れの中で起きたのが、イギリスの国民投票である。この先、大陸諸国の右派が、ときの政府権力を揺さぶり、EUの加盟かその中心的な政策を問うため、国民投票という手法に訴えかけるよう動くに違いない。フランスのマリーヌ・ルペンFN党首やオランダのウィルダース自由党党首は、離脱を問う国民投票への意欲をあらわにしている。

そこここで加盟や政策が問われ、ときにそれが成功するとなると、EUは立ち行かなくなる。そのたびに停滞・麻痺し、域内で人の移動の自由を可能にするシェンゲン協定を維持したり、ユーロ圏を守るための必要な措置を採れず、ますますEUは信頼を失うこととなろう。

では、EUは崩壊するのかというと、それもそう簡単ではない。戦後ずっと欧州統合に投入してきた政治的資本は莫大で、いまだに一国で保全しきれない平和・繁栄・権力を共同で確保する枠組みとして、EUはエリートのみならず、多くの人のあいだで不可欠なものと認識されてもいる。

そのうえで、それが崩壊・瓦解するときのボトムラインを確認しておくと、それは、独仏のような中枢国で、民主主義が排外的なナショナリズムによって劣化し、たとえば仏FNや「ドイツのための選択肢(AfD)」のような反EUの右派政党が伸長した挙句、その支持がなければ政権や予算が成立しないという状況になったとき、EUは真に内破の危機に陥る。それ以外の国々でも、イタリアやオランダなど原加盟国を含めた大多数の国でそのような状況になれば、やはり流れ解散のような状況になりうる。

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