楠木建「すべては好き嫌いから始まる」 今の日本に必要なのは「矢印のリーダー」だ

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「矢印のリーダー」というと、すぐに起業家の話になってしまう。しかし、普通の会社でも「矢印のリーダー」が動かしていくことには変わりがない。そういう人たちがこれまで商売を創ってきたし、これから若い人たちのモデルになる。

ほとんどの人が、「ある領域のプロになって、C何とかOになって、最後は社長になる」という「出世」を考えているように思うが、それは私のイメージするリーダー像とは違う。

では、どうすれば「矢印のリーダー」になれるのか。

根底にあるのはセンスだ。「好き嫌い」と言ってもよい。初めの一歩は理屈ではない。フェイスブックでも何でもそうだが、現実のビジネス世界で開花した事業は、論理や演繹的にはわからない、直感やセンスみたいなものから生まれている。その基をたどれば、自分の好き嫌いと相当深くつながっている。

好き嫌いを抽象化せよ

若いとき、「君の好きなことをやりなさい、個性を発揮しなさい」と言ってくる大人にはすごく腹が立った。そう言われても、自分の好きなことなんてわかるはずがない。仕事ではなく趣味であれば好きなことはいくらでも言える。

楠木建(くすのき・けん)
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
1964年東京都生まれ。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略』などがある

たとえば、僕は梶芽衣子が好きなのだが、この線で仕事をするとしたら梶さんのマネジャーぐらいしか思いつかない。初期状態では誰もが、仕事については好きなことなんて見つからないものだと思う。だから、男の子はサッカー選手、女の子は女子アナ、といったベタな「夢」の話ばかりになる。

大切なのは、好き嫌いをもう一段抽象化することだ。

私の場合だと、「大きい組織に入りたくない」「一人で仕事したい」という好き嫌いを早い時期からもっていた。それをもう一段抽象化してみると、「人にコントロールされるのが嫌」「人をコントロールするのが嫌」となる。それをさらに抽象化すると、「仕事で人とシリアスな利害関係を持ちたくない」ということに行き着く。

こうして抽象化していくと、自分の好き嫌いがより本質的にわかってくる。すると、梶芽衣子のマネジャー以外でも、自分に合いそうな仕事の選択肢が増えていく。

こうして抽象的に考えると、仕事の選択肢がすごく広がる。僕の好き嫌いでいえば、「タクシーの運転手も結構いいかもしれないが、まかり間違っても銀行ではないし、千回生まれ直してもコンサルタントはない。でも、東洋経済の編集者ならありかも」というふうに考えられる。

好き嫌いを抽象化することで、文字どおり、自分とは何かを知ることができる。周りから「昔は音楽をやりたがっていたのに、なぜ学者のほうに行ったの」と尋ねられるが、若い頃に憧れた音楽の仕事と、今の大学の仕事は、概念的な好みの基準からすればほとんど同じだ。

好き嫌いはすごく簡単なようだが、自分で答えを出すのは難しい。生きていくということは、自分の好き嫌いをより深いレベルで知り、自分の具体的な生活との折り合いをつけていくことだと思う。そういう中から、自分の好きなことを仕事で突き詰めようとする人が出てくる。それが「矢印のリーダー」になる。

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