唯一無二のビジネスモデル フルヤ金属の真骨頂

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 “イリ・ルテ”界のキーマンともいえるフルヤだが、かつては万年赤字の宝飾会社だった。当時は、創業者で古屋堯民現社長の父である昌則氏ほか社員5人の零細企業。信用重視の宝飾業界では、フルヤのような規模の小さな会社はまともに取引をしてもらえないことも多かった。

75年、同社は宝飾事業に見切りをつけ、工業用貴金属へと転身する。大手が手掛けていない分野を求め、進出したのは難易度の高いイリジウム、ルテニウム加工。主要顧客と目された当時の通商産業省(現・経済産業省)などの研究機関は赤字経営では取引に応じてくれない。そのため「父や自分の給料を削って利益を捻出し、納税証明書を持って交渉に出掛けていた」(古屋社長)という。

最初のチャンスが訪れたのは81年。当時営業マンとして飛び回っていた古屋氏の下に、大手電機メーカーからイリジウムるつぼの修理の相談が舞い込んだ。「できます」と勢い込んで請け負ったものの、実はやったこともないるつぼの修理。試行錯誤で失敗を繰り返し、4度るつぼをダメにした。顧客をカンカンに怒らせながら、何とか成功したのは5回目。X線を撮り、目に見えないヒビも補修したため、「海外に出すより持ちがよい」と評判になった。

研究開発レベルでの注文はポツポツと入るようになったものの、当時はまだ量産用の需要がない時代。その後携帯電話の普及により、人工サファイア製造用のイリジウムるつぼが求められるようになるのは90年代後半に入ってのこと。それまでの十数年は、ビデオヘッド用の白金るつぼで口を糊(のり)する時代が続いた。

それでも根気よくレアメタル事業を続けたのは、これらの素材が持つ潜在能力の高さを古屋社長が信じていたからだ。「イリジウムを使って、スペースシャトルの噴射口の温度を測る温度計を作ったこともあった。そのとき『この素材はすごい。いつか、もっとさまざまな用途が出てくるだろう』と思った」と言う。

そして90年代後半に迎えた結実。携帯電話用イリジウムるつぼの需要増に加え、三菱自動車が当時画期的な直噴型GDIエンジンを発表。1台に約2グラムのイリジウム触媒が必要になるGDIエンジン用として、月数十キログラムのイリジウム化合物の注文が入り始め、量産が本格化するとその量は月300キログラムへ急増した。

需要の急拡大に対応すべく開発されたのが、先ほどの化学溶解の装置である。イリジウム化合物の量産のためには、最も時間のかかる化学溶解の工程の時間短縮が不可欠。当時まだ20代半ばだった研究者が一人で開発したこの装置は、同工程にかかる時間を従来の数分の1に短縮してしまった。20年以上経つ現在でも、同程度の性能を持つ装置はいまだ開発されていない。

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