バングラデシュを襲った過激派「JMB」の正体 政府が唱える"IS関与なし"は本当か

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しかし、バングラデシュのような小国、失敗国家にとって、何が最善か、代替案を指し示すのは容易ではないことも事実である。「ヘファジャテ・イスラム」のような、イスラム原理主義の市民団体が新たに誕生し、影響力拡大の兆しを見せ、さらにテロ活動も活発化する中では、政教分離を維持するだけで難しい。

特に2015年から今年にかけて、同国内ではヒンドゥー教徒やクリスチャンなどの宗教的マイノリティ、無神論者、世俗主義者、与党幹部などを銃撃しナタで斬首するなど、残忍な襲撃事件が相次いでいた。その延長線上に今回の大規模テロが起こった。軍と警察を武器に、独裁的に格闘し続けてきた政府にとって、「ISの犯行」と簡単に片付けたくない状況が確かに存在するといえる。

今回の事件で、ISからは犯行声明が出ている。少なくとも表面的には、ISとの結びつきは明らかで、バングラデシュ政府の言う「ISとは関係ない」という説明には、無理がある。だが、実行部隊はJMBという”域内のテロ組織”であり、その背後にある資金源や武器を供給する域内勢力がなければ、テロは起こらないことも事実だ。

結局、今回は、JMB組織全体とISが結びついたうえでの犯行なのか、同組織に身を置く狂信的な若者の一部が単独的にISと結びついた犯行か、現時点では定かでない。後者の場合、確かに犯行の中心にISがあるのかもしれない。彼らにとっては、ISという国際テロ組織の器を利用することで「世俗主義を掲げる現政権に対し、外交的損失や外資撤退という経済的損失を与えて弱体化を図り、イスラム国家建設へ布石を打つ」という目的が達成しやすくなるのであれば、ISの名を借りるのもまた好都合、という判断につながるだろう。

JMBの組織の全容は分かっていない

「イスラム神学校の生徒でなく、裕福な家庭で育った若者」という実行犯のプロファイルや、”処刑スタイル”と現地紙が報道する残忍極まりない殺害方法を取ったことは、ISに影響を受けたか、あるいは(実行犯の人選含め)緻密な計算でISに影響を受けたフリをしたか、のどちらかだ。どちらにしても、同国政府への国際的非難が彼らの勝利となり、外交的孤立や経済的困窮は、さらなる失敗国家への転落、さらなる過激主義台頭を意味する。

バングラデシュを中心に、南アジアで活動するJMBの組織の全容は分かっていない。一説には、フルタイムの活動家が1万人、パートタイムの活動家が10万人存在する、ともいわれている。脅威はISだけではない。地域の情勢を熟知したテロリストたちが、国境を超え、インド亜大陸を跋扈していることを見逃してはならない。 

須貝 信一 ネクストマーケット・リサーチ代表

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すがい しんいち

1973年生まれ。法政大学英文科卒業。外資系IT企業、インド関連コンサルティング会社にて取締役として事業の立ち上げ等を経て、現在は(株)ネクストマーケット・リサーチ代表取締役。著書に『インドでつくる、売る(実業之日本社)』『インド財閥のすべて(平凡社)』等。中小企業診断士。ネクストマーケット・リサーチはインド、南アジア新興国の経済情報の提供のほか、進出支援コンサルティング、リサーチ、各種研修などを行っている。

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