伝統芸能もネットで蘇る メディア革命で変わるクラシック音楽

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カラヤンの後任として常任指揮者になったクラウディオ・アバドの時代、ベルリン・フィルはやや低迷していた印象がある。カラヤン、バーンスタインなどの巨星を失ったことで、クラシック音楽が全体的に人気を失っていたためもあるだろう。

そのベルリン・フィルを復活させ、時代の最先端へと持っていった立役者が、02年に常任指揮者に就任したサイモン・ラトルだ。ラトルは、新しいメディアであるインターネットを心の底から楽しんでいる。

秀逸なのが、スポンサーであるドイツ銀行の支援の下で09年に開始した「デジタルコンサートホール」だ。このサービスには、過去の演奏のアーカイブが豊富に蓄積されているだけでなく、毎シーズン30回以上のコンサートをライブ中継している。ベルリン・フィルの演奏だけでなく、本拠地のベルリン・フィルハーモニーで行う他のオケの演奏を中継するケースもあり、クラシック音楽ファンにとって、たまらないサービスだ。12カ月の定額利用料149ユーロという価格は、演奏会チケットの価格を考えれば、高くはない。クラシック音楽の魅力を伝える教育プログラムとして行っている演奏については無料で視聴できる。

ラトル率いるベルリン・フィルの凄いところは、YouTubeも活用していることだ。YouTubeにはベルリン・フィルの公式チャンネルがあり、400本近くの動画がアップされており、いずれも無料だ。オケの主要メンバーが「マスタークラス」という名前で演奏指導もしている。なお、こうしたハイテク活用を技術面でサポートしているのは、ベルリン・フィルハーモニーのすぐそばに欧州本社を構え、30年にわたるベルリン・フィルとの親交があるソニーだ。

クラシック音楽における最強ブランドとして、「ベルリン・フィル」が維持できている理由は、メディアが変遷しても、それを見事に活用していく姿勢があるからだ。「クラシック音楽」はその名前のとおりに古臭く感じられるものだ。しかし、ハイテクを利用することで現在においても、生き生きと輝く。そして新しいファンを開拓していくこともできる。

文楽、能、歌舞伎は?

ひるがえって、日本国内の状況を考えてみる。まずはいずれのオーケストラもネットの活用がまことに貧弱だ。代表的なオケのウェブサイトを見ると、今後の演奏会スケジュール、定期会員募集の案内などが掲載されているものの、アーカイブもライブも聴けるようにはなっていない。動画を扱っているNHK交響楽団のウェブサイトでも、演奏内容を掲載しているわけではなく、指揮者へのインタビューが掲載されているだけだ。

それでもしっかり更新されているウェブサイトを持っているだけ、クラシック音楽業界はマシかもしれない。文楽、能、歌舞伎といった伝統芸能のメディア革命への感度は、ずっと鈍い。新しい武器をうまく活用すれば、日本国内の若いファンを開拓できるだけでなく、世界で新しいファンを開拓できるかもしれない。ベルリン・フィルの取り組みを研究すれば、得られるものは多いはずだ。

山田 俊浩 東洋経済 記者

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やまだ としひろ / Toshihiro Yamada

早稲田大学政治経済学部政治学科卒。東洋経済新報社に入り1995年から記者。竹中プログラムに揺れる金融業界を担当したこともあるが、ほとんどの期間を『週刊東洋経済』の編集者、IT・ネットまわりの現場記者として過ごしてきた。2013年10月からニュース編集長。2014年7月から2018年11月まで東洋経済オンライン編集長。2019年1月から2020年9月まで週刊東洋経済編集長。2020年10月から会社四季報センター長。2000年に唯一の著書『孫正義の将来』(東洋経済新報社)を書いたことがある。早く次の作品を書きたい、と構想を練るもののまだ書けないまま。趣味はオーボエ(都民交響楽団所属)。

 

 

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