なぜエチオピアは「薬物」を輸出しているのか 貧しさゆえの負の連鎖が続いている

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先述のハラゲ産の最高級チャットは、ジジガから約150キロ西の町ディレ・ダワにトラック輸送され、同町の空港からジブチ、ソマリランド、イエメンなど国外に輸出されている。

このチャット・ビジネスで潤うジジガには、チャット売買のトレーダーとして大成功し、巨大な富を築き上げた女性が3人いる。そのうちの1人はチャットをディレ・ダワ空港からジブチやソマリランドに空輸するビジネスを手がけている。これらの“チャット・ビジネスウーマン”たちは築いた資産でジジガにホテルやモールを所有。その成功ぶりは町中で知られている。「彼女たちは、初めは店舗でチャットを売ることから始めたが、みるみる成功してチャットの売買を独占するようになった。かなり儲かっているよ」とジジガに住むある男性は言う。

依存、そして社会経済的な問題

チャットは常習性がある。エチオピアの隣国ジブチは、以前エチオピアからの輸入が滞った時に、国中が薬物欠乏症のようになった、という話は今では誰もが知る話となっている。ジジガでもアディスでも、チャットを手にしたぼろ着の男性が時折葉を口に入れ、何かをつぶやきながら歩いている姿、廃人のようになり突然通りすがりの人に殴り掛かる男性の姿などをよく見かける。チャットは男性だけではなく、女性や若者たちの間でも広がっている。

「チャットを噛むとアルコールを飲まないと寝られないほど覚醒作用がある」と国際NGOオックスファムに勤めるエチオピア女性ティギスト・ゲブルは言う。学生時代に試験勉強のために噛んだことがあるという。「けれども長い間続けると普通に動けなくなり、精神的におかしくなる。社会に及ぼす悪影響は大きい」。

エチオピアではチャットは合法であり政府も規制はしていない。「政府が規制しないのは外貨獲得のために重要だからだ」とエチオピア農業研究機関の農業経済学者、ダウィット・アレムは言う。「主な問題点は依存だ。大多数の人々がチャットをやり、少なからず依存症になっている。毎日半日もチャットを噛んで仕事をしない人々がたくさんいる。それに、高価であるがゆえに家計に与える影響も大きい。収入の半分をチャットに使う人もいるほどだ」。アレムは、政府はチャットを禁止すべきだと指摘する。

「チャットには社会、経済、健康上の問題がある。そのうえ、チャットがないと禁断症状が出るため、治安も悪くなる。しかし根絶は難しい。チャットからの収入が他の農作物と比較にならないほどいいからだ」と、ある国連機関のジジガ事務所で所長を務めるスーダン人男性は言う。10年前に5年間アフガニスタンで働いていたというこの男性は最後にこういう言葉を残した。「このチャットを見るたびに、アフガニスタンのケシ(麻薬アヘンの原料)を思い出す」。

=敬称略=

上野 きより ジャーナリスト、元国連職員

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うえの きより / Kiyori Ueno

ブルームバーグ・ニュース東京支局、信濃毎日新聞社などで記者として働いた後、国連世界食糧計画(WFP)のローマ本部、エチオピア、ネパールで働き、食糧支援に携わる。2016年から独立。慶應義塾大学卒業、米国コロンビア大学院修士課程修了。東京出身

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