44歳男性を突き落とす「雇い止め」の理不尽 激務の末に脳出血、復職後も3年間飼い殺し

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1年あまりのリハビリを経て、内勤への復職を果たしたときに最初に求められたのは退職届を書くことだった。ちょうど元の会社が別会社に吸収合併された時期だったこともあり、上司から「いったん退職届を書いてもらうことになっているから」と説明されたのだ。あとになって、退職届を書かされたのは自分だけだとわかったが、当時は短時間勤務での復帰で、彼自身「これでは正社員は無理だな」と思いこんでしまったという。

その後は、社長の「温かい言葉」とは裏腹に、ひたすら飼い殺しの状態が続いた。何ひとつ仕事を与えられず、同僚に声をかけても「自分がやったほうが早いから」と任せてもらえない。見積もりや発送リストの作成など自分にできる仕事を箇条書きにした書類を上司に提出したこともあったが、状況は変わらなかった。「1日中、ボーッとさせられる、孤独な日々」が3年近く続いただろうか。2016年1月、ついに雇い止めの通告を受けた。

会社側は雇い止めの理由として、カズヤさんの障害が期待以上に回復しなかったことと、彼にできる仕事がないことを挙げてきたという。しかし、脳出血の後遺症が劇的に回復することなどほとんどないし、仕事を与えなかったのは会社である。いくら労災でないとはいえ、障害を負った社員にも務まる職種や職場への配置転換など相応の対応をしてからでないと、簡単に解雇できないことはこれまでの判例も示している。

労災の手続きを取らず、契約社員への転換を受け入れたことを一番、後悔しているのはカズヤさん自身である。「甘かった。知識がなかったんです。でも、新卒で雇ってもらって、愛着をもって働いてきました。全人格を捧げてきた会社だったんです。まさかこんなふうに捨てられるなんて……」。

復職後、給与は月8万円に

約500万円だった給与年収は、復職後、5分の1以下になった。月収は8万円だ。障害者年金と専業主婦だった妻が非常勤保育士として復職したことで得られる給与を合わせると、毎月の世帯収入はかろうじて30万円ほどに達しているが、治療費などがかさみ貯金はこの5年間で半減。戸建ての自宅ローンもまだ30年残っている。

もうひとつ、カズヤさんにとっての深刻な悩みは、最近になって周囲との人間関係が少しずつきしみ始めていることだ。原因は、脳の損傷によって記憶力や注意力、感情をコントロールする力などに支障が出る高次脳機能障害である。彼自身、異様に疲れやすくなったほか、怒りっぽくなったとの自覚があるという

妻とは脳出血で倒れる2年前に結婚。子どもを持つことはあきらめたが、当初は「あなたより1秒でも長く生きるから」と言って、身の回りの世話やクルマによる送迎をしてくれた。しかし、次第に家計のやり繰りや互いの両親との付き合い方をめぐっていさかいが増え、先日はついに「私には私の人生がある」と激高され、離婚をほのめかされたという。万が一、離婚となれば、少なくとも自宅は手放さざるをえないだろう。

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