EU離脱を覆す「まさかの再国民投票」の現実味 今は英国の事業を拙速に動かしてはならない

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離脱派がキャンペーンで語っていたことが、今になって不正確なものであったことが明らかにされるなど、有権者に正確な情報が伝わっていたのかは疑問だ。結果が出てから、「離脱」に投票した人々から、後悔する声が聞こえてくるなど、まさに民主主義の「エラー」が発生したといっても過言ではない。

しかし、実は今回行われた国民投票の結果には、法的拘束力はない。イギリスにおいては、主権は「議会における女王」(Queen in Parliament)にあるとされている。歴史的な背景から「議会主権」(Parliamentary Sovereignty)という考え方をとっているのだ。すなわち、議会が変更しえない法は存在せず、どのような形に決めようと、法律的には問題がない。国民投票は民意を示すものではあるが、その実態は壮大な「世論調査」に過ぎないともいえる。

「通知を出してしまえば、イギリスのEUに対する交渉の立場は悪化するだろう。イギリスにしてみれば、離脱だけでも2年間で終わっては困るということではないか。もし通知をするとしても、それだけで年という単位で時間がかかることもあり得る」(乗越弁護士)

あまりにも引き延ばされると、マーケットが不安定な状態が続いてしまうため、当然、EUは一刻も早い離脱通知を求めている。しかし、何の見通しもないのに脱退通知をすることは、イギリスの立場からすると自殺行為にも等しく、現実的ではない。圧力をかけることはできるが、ルールとして通知の期限が存在しない以上、イギリスが開き直ってしまえば、EUとしても究極、打つ手はない。

「隣人」は通知前の交渉を拒絶

イギリスのオズボーン財務相は、リスボン条約第50条の発動について、「欧州の隣人たちとどのような取り決めを新たにしていくか、明確な見通しができた時のみ」行うべきと語っている。しかし、「明確な見通し」のイメージを持つことは困難を極めるだろう。「隣人たち」であるフランスのオランド大統領、イタリアのレンツィ首相、そしてドイツのメルケル首相は、「離脱申請が行われるまで、イギリスの離脱について、公式・非公式を問わず交渉は行わないことで一致した」と厳しい姿勢を示しているからだ。

そうすると、脱退通知をせずに、再度の国民投票を行って民意の上書きに動く可能性も、十分考えられる話といえるかもしれない。ただ、すでに辞任を表明しているイギリスのキャメロン首相は、自分が国民投票の実施を決めた手前、言うことはできないだろう。注目が集まるのは、やはり次の首相候補だ。

「保守党の新党首となる人物が誰なのかが今後に大きく影響する。ラディカルな考えを持つ離脱派のボリス・ジョンソン氏になるのか、バランスをとっていくと思われる残留派のテレーザ・メイ氏になるのかによっても展開が変わってくるだろう。今回の状況は、あまりにも未知なことが多すぎるというのが正直なところだ」(吉田氏)

乗越弁護士のもとにも、企業から問い合わせが寄せられているが、メッセージは一貫しているという。それは、展開を注視する必要があるということはもちろんだが、今の段階で意思決定をするべきではない、ということだ。

「離脱があるとしても、タイミングはわからないし、離脱の対応にしても、EUのルールが適用されないのか、適用され続けるのか、様々な形がありえる。一般論としては、現時点でコストをかけ、拙速に意思決定することは適切ではない」(乗越弁護士)

「EU離脱決定」という見出しが連日メディアに踊るが、法的仕組みを考えるとそれほど単純な話ではないことがわかる。議会は本気になれば、国民投票をもう一度行うことも不可能ではない。本当に今回の「民意」が現実になるのかは、引き続き注意してみていく必要があるだろう。
 

関田 真也 東洋経済オンライン編集部

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せきた しんや / Shinya Sekita

慶應義塾大学法学部法律学科卒、一橋大学法科大学院修了。2015年より東洋経済オンライン編集部。2018年弁護士登録(東京弁護士会)

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