「理」の残留派が「情」の離脱派に負けた必然 離脱派は巧妙な人心掌握術を駆使していた

✎ 1〜 ✎ 41 ✎ 42 ✎ 43 ✎ 最新
拡大
縮小

筆者は投票の5日ほど前までの10日間、仕事でロンドンに滞在した。多くの地元の人と話をしたが、その中で最も強烈に印象に残ったのが、このタクシー運転手のむき出しの訴えだった。

自らの「住まい」や「教育」や「職」が脅かさている現状を生々しい描写で切々と訴える「ストーリー」。この説得力はメガトン級だ。「理」で考えた場合の「正解」は「残留」であるのはわかっている。しかし、「情」の部分で、タクシー運転手の言うことに共感を覚えないではいられない自分がいた。「もしかして、離脱派が勝利するかも」。彼の話を聞いた瞬間からそう思い始めた。

イギリス人はEUが大っ嫌いだった

私事で恐縮だが、筆者とイギリス、EUとの縁はかなり深い。「国は国を超えることができるのか」というEUの壮大な実験に魅かれ、大学、大学院とイギリスに留学。「なぜ、イギリスはEUが嫌いか」を歴史的・政治的・経済的理由からかなり、マニアックに研究していた。だから、多くのイギリス人が実はEUを好きになれない、いや実は嫌いであることもよく分かっていた。とはいえ、実利を考えれば、そこまでの決断はしないはず、いや、できないはず、大半の人がそう踏んでいた。

デイヴィッド・キャメロン首相もそう読んだから、国民投票というカードを切ったのであろう。イギリス人の根深い嫌EU感情を見くびっていたともいえるが、それ以上に、人々の心の奥底の感情に火をつけた「離脱派」の攻めのコミュニケーション戦略が実に狡猾だった、という側面も大いにある。

この残留派VS離脱派の選挙キャンペーンはそもそも、「恐怖訴求」合戦であった。残留派は「もしEUを離脱すれば、これだけの職が失われる。これだけ税金が上がる」といった恐怖シナリオのアピールを繰り返していた。

一方、離脱派が見せた恐怖シナリオは、「EUにとどまり続ければ、移民が殺到する」というもの。どっちのシナリオがより怖いか?それは火を見るより明らかかもしれない。残留派のシナリオは「起こるかもしれない仮定の話」、離脱派のシナリオは「もう今現在身近で起こっている話」なのだ。ひたひたと迫ってくる恐怖の方がはるかに強烈だ。

この移民問題という「シングルイシュー」で攻めた離脱派のさらに巧妙なところは、ひっきりなしに恐怖をあおり続けたことだ。「トルコがEUに加盟してくる。そうなったら、さらに難民が殺到してくるぞ」と畳みかけた。実際、その可能性は低いのだが、いかにもそれが現実のもののように主張し続けた。

次ページ巧妙だった離脱派のキャンペーン
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT