英国残留でもEU問題はやっぱり解決しない S&Pのエコノミスト、P・シェアード氏に聞く

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ブレグジットそのものは症状であって、本当の問題はEU全体の仕組みにある。特にユーロ圏においては、金融統合こそしているが財政の統合は行っていないというひずみがある。ほかにも、人の移動を自由化している点ではEU圏はまるで1つの国のようになっている一方で、内政や安全保障、外交政策は国単位で行っている。こうしたひずみを是正しないといけない。このようにただでさえ問題が山積しているところに、もし欧州で2番目の経済大国である英国が離脱するとなれば、ショックはかなり大きいものになるだろう。

かといって、英国が現状維持になったとして何かが根本的に解決するわけではない。現状のEUは、国の主権を他国と共有していて、一部は自分の国で抱えていて整合性がない。特に、金融と財政という表裏一体な存在を分離し、片方のみを統合しているので問題が大きい。EUによる束縛が比較的緩やかな英国ですら離脱の議論がなされているのだから、他のEU加盟国にとってはより深刻な問題だ。

完全な統合に向け、道は長く険しい

EU首脳も問題を認識してはいる。昨年6月に欧州委員会、欧州評議会、ユーログループ、ECB、ユーロ議会のトップ5人が連名で報告書を出した。内容は「EUの統合をどのように完全なものにするか」。そこで挙げられたステップは4つ。ひとつは銀行システムの統合。2つは完全な財政統合に向けた構造改革。3番目はより完全な経済統合。これは観光やサービスなど、現在国単位でやっているものを統合するということ。そして、最後は政治的な統合だ。

これは非常に理想的なビジョンだが、統合の方向にはあまり動きがない。選挙民レベルでは国家の主権統合に対して強い拒否感があるからだ。特にドイツ国民にとっては「財政統合」イコール「ドイツ国民が小切手を切ること」だと考えているため、反対意見が根強い。

財政統合に対し、ドイツ連邦銀行のイェンス・ヴァイトマン総裁は「財政統合にノーとは言っていないが、その場合は政治的決定権も統合しなければいけない」と発言している。至極もっともな発言だが、政治的統合は究極的な主権移動のため、当然非常にハードルが高い。これから統合に進むにしても、統合を行わない方向にいくとしても、非常に難しい展開になるだろう。

(構成:渡辺拓未) 

ポ―ル・シェア―ド S&P グローバル チーフ・エコノミスト

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ポール・シェアード / Paul Sheard

S&P グローバル エグゼクティブ・バイス・プレジデント、チーフ・エコノミスト。豪モナシュ大学卒。同国立大学経済学修士号、博士号取得。豪国立大学や大阪大学で教鞭をとり、米スタンフォード大学や日本銀行で客員研究員を務める。日本経済に関する書籍や記事を多数執筆していることでも有名。日本語の主著に『メインバンクの資本主義の危機』(東洋経済新報社、サントリー学芸賞経済・政治部門)。マクロ経済や世界の市場動向に関する分析や見通しを市場に提供する活動の陣頭指揮をとり、機関投資家、企業経営者、中央銀行などの市場参加者と幅広く関わりを持つ。

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