民主主義で、尖った表現は生まれるか?

奇才・会田誠の発想の原点(上)

美術家とは、自身の「発想」「表現技術」「気力・体力」を頼りに個の力で勝負する仕事である。そのなかにあって、会田誠は「取り扱い注意の作家」と評されるなど、突き抜けた存在感を放つ。社会のタブーに挑み、さまざまな表現方法で作品を発表し続けてきた美術家の「発想」と「表現」の原点に迫る。

美術家になったわけ

美術家になった理由は、簡単に言ってしまえば消去法の結果ということになる。

人生の最初に選択肢から消去された職業は会社員、そして公務員だった。

落ち着きがなくて、机の前にずっと座っていられない。集団行動ができない。僕は今で言うところのADHD(注意欠陥・多動性障害)という症状を持つ子どもだったと思う。生まれた頃からその傾向があり、幼稚園から小学校に上がる頃にははっきりとそのタイプの子どもになっていた。僕だけでなく両親も、その段階で僕を会社員や公務員にすることはあきらめていたように思う。

では、絵を描くのが好きで得意だったから美術家をめざしたのかというと、単純にそうともいえない。絵は好きだが、家に帰ったら1人空想の世界にのめり込んで絵を描くような子どもではなかった。それよりは外で遊ぶほうが好きで、内面世界に入り込んで描くというタイプではなかったのである。

小・中学生までは理科が好きだったこともあり、写実的な絵を描いていた。影が見えるから影を描き、影を描くと立体的に見えるのか……といった科学的興味で描く。どちらかというと理詰めで絵を描いていた。

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