小林麻央さんの乳がんはどれだけ深刻なのか 発見から1年8カ月、手術していない理由とは

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乳がんは特殊ながんで、20年後、30年後に再発するケースがあり、その点でも、がん細胞を取り残すデメリットは計り知れません。また、温存手術は、放射線治療法や化学療法とセットで行うことが多いため、経済的にも時間的にも、患者さんの負担は大きくなりがちです。ほかにも、化学療法で抗がん剤治療を行う場合、卵巣機能に悪影響を及ぼすことが知られていて、それを懸念して全摘出を選ぶことが多くなっていると聞きます。

がんには進行度合いでステージ「0」から「I」「Ⅱ」「Ⅲ」「Ⅳ」までの5段階があります。「0に近いほどがんが小さくとどまっている状態で、Ⅳに近いほどがんが広がっている状態(進行がん)」(国立がん研究センターHPより)となっています。ステージⅢまででほかに転移していないことが条件となりますが、乳がん治療において全摘出術を選べば基本的にがん細胞を取り残すことはないのがメリットとして上げられます。一方、全摘出手術のデメリットは、乳房を切除してしまうことによる精神的苦痛が大きいことです。

がんが転移している可能性も

市川さんは会見で小林さんの乳がんが発見したきっかけは「人間ドックによって1年8カ月ほど前にわかった」と明らかにしています。発見からそれだけの時間が経っているにもかかわらず現段階でも手術を行っていないということは、おそらく早期のステージではないことが推測されます。報道などでわかっている情報や筆者の専門的な知見などから推察すると、がんが大きく広がってほかの部位にまで転移してしまっているステージⅣにまで進行している可能性もあるように見えます。

ここからはあくまで一般論ですが、ステージⅣの段階になって遠隔転移が1カ所でも見つかった場合、がん細胞はその臓器だけに転移しているわけではありません。がん細胞の性質上、すでに体中に転移していることを意味します。別々の臓器で見つかった2つのがんを手術で取り除いたとしても、根治したとはいえず、それゆえ、今後は、手術や抗がん剤治療で体に負担をかけないこと、つまり“がんと闘わない”こともひとつの選択肢として考えられるでしょう。

日本人にとってがんは、誰にとっても決して他人事ではありません。今、日本では、2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで亡くなっているという現状があります。

一方で、国立がん研究センターの予防研究グループが発表した「がん発生とがん死の要因のうち、予防可能であったものの割合」によりますと、日本で発生したがんのうち、男性では半分以上(がん発生の58%、がん死の57%)、女性でも約3分の1(がん発生の28%、がん死の30%)が予防可能だったとされています。発症の多いがんですが、実はその半数近くが予防できることもまた事実です。

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もうひとつのデータを見てみましょう。「30~40%」。これは、日本におけるがん検診受診率の数字です。実は、日本のがん検診受診率は、OECD(経済協力開発機構)に加盟している先進国の中で最低レベル。これだけ身近な病気にもかかわらず、検診対象者の半数以上が検診を受けていないのが現状なのです。

あらためて、早期発見と予防の重要性を痛感するとともに、小林さんそしてご家族にとって最良の治療法が見つかることを願っています。

秋津 壽男 日本内科学会認定総合内科専門医/秋津医院 院長

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あきつ としお / Akitsu Toshio

1954年和歌山県生まれ。77年大阪大学工学部で酒造りの基礎を学び卒業。社会人を経て再び大学受験をし、和歌山県立医科大学医学部に入学。86年卒業後、同大学循環器内科に入局し、心臓カテーテル、ドップラー心エコー等を学ぶ。東京労災病院等を経て、98年に東京都品川区の商店街・戸越銀座に秋津医院を開業し、地元密着の診療を行う

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