貧困者を安易にコンテンツ化してはならない 異様な容姿の奥に見え隠れする「本当の彼女」

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大手メディア批判に終始しても仕方がないが、僕はこれまで貧困の当事者を記事に描く中で、その生い立ちや抱えている苦しみや孤独、その貧困からの脱出を阻む、絡み合ったさまざまな背景を強調して書き、それ以外の「彼らが特殊なんでしょ」「彼らの自己責任でしょ」的な論を導き出しかねない描写については、可能なかぎり避けてきた。これが「バイアスモード」だ。

実際、取材すれば取材するほどに思うのは、貧困者とはそもそも、男女問わず、かわいらしくもなければかわいそうにもなかなか思えない人々だ。むしろ見るからにかわいらしくてかわいそうなら、誰かが手を差し伸べて貧困に陥っていないかもしれない。

これまでの拙著の大半は、いずれも売春で生計を立てる貧困女性を描いたルポだったが、彼女らのほとんどはそうとうに性格がひん曲がっていて、売春で糊口をしのぐシングルマザーのほとんどは明らかに肥満だった。そして彼女らは、息を吐くように普通にウソをついた。

けれど、それをそのまま描いてどうなるだろう。

彼ら彼女らが当たり前のようにウソをつくのは、邪悪な人格でこちらをおとしめようとしているからではなく、追いつめられた状況の中でつくウソが常態化した結果だ。返せない借金の取り立てを受けているとき、人は返せない理由のウソをつくだろう。どうしても立ち上がれないほどに疲弊している状態で出勤を強要されたら、人はウソをつき仮病をかたるだろう。

そういうものなのだ。他者に説明する気力さえ失われるほどに追いつめられ続けた人々は、ウソが常態化する。それとは別に、セックスワーカーの貧困女性などは、客につくウソに慣れてしまっている。これはこれで、彼女らの体を買う男たちが何百と重ねた「なんでこんな仕事してるの」の質問に答え続けてきた結果だ。

服装がだらしなく、不潔で、行動が粗暴

なんで生活保護を受けているような貧困者が肥満なのか? これも貧困者をストレートに映像で映してしまうテレビ報道にはついて回る定型の批判だ。だが、知的な障害を抱えた当事者が、子供の頃のハイカロリー食を成人後も続けた結果肥満するのは一定の「症例」だし、貧困や孤独といった追いつめられた精神状況は人から感情や行動を自律的に抑制する機能を失わせ、体重と食欲のコントロールを不可能にするというケースもある。摂食障害は自堕落ではなく、治療を要する危険な病気だ。

服装がだらしなく、不潔で臭いがする。行動も粗暴。これも貧困当事者取材でのアルアルだが、これにしても彼ら彼女らがだらしないからでも、人格が破綻しているからでもない。生い立ちから貧困の中にあり、衛生観念や基本的な生活習慣を身に付ける教育すら、ネグレクトな環境の中で与えられてこなかった結果だとすれば、どうか。

ウソつきで荒っぽく不潔な貧困者の像は、長く社会から疎外されてきた被害者像にガラッと転じる。扱いづらい彼ら彼女らの背後に、誰からもケアされず腹を空かせ汚れて泣いている子供の姿が透けて見えてくるのではないか。

何よりも、言動や容姿がハチャメチャであることと、その当事者が苦しんでいることや、それを助けるべきか否かはまったく別問題だ。医者が患者の容姿で治療をするかどうかを決めたら大問題だろう。

以上が貧困者の報道がそもそも「大手速報メディア」とは相性が悪い理由のほんの一端だ。貧困の当事者報道をするのであれば、その複雑な背景が見えるまでに取材に時間をかけ、背景を語ってくれるまで人間関係を紡ぎ、そのうえで新たな差別や誤認が起きないように、あえて一定のバイアス、細心の注意を払ったバイアスをかけた報道が求められると思えてならないのだ。

鈴木 大介 ルポライター

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すずき だいすけ / Daisuke Suzuki

1973年、千葉県生まれ。「犯罪する側の論理」「犯罪現場の貧困問題」をテーマに、裏社会や触法少年少女ら の生きる現場を中心とした取材活動 を続けるルポライター。近著に『脳が壊れた』(新潮新書・2016年6月17日刊行)、『最貧困女子』(幻冬舎)『老人喰い』(ちくま新書)など多数。現在、『モーニング&週刊Dモーニング』(講談社)で連載中の「ギャングース」で原作担当。

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