性暴力に走るのは、いたって「普通の人間」だ 映画「月光」、加害者の描き方に込めた思い

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――カオリという役を演じる中で、佐藤さん自身の気持ちが不安定になるようなことはなかったのですか。

佐藤:正直、ありました。夜、目を閉じると、誰かが覆い被さってくるシーンがフラッシュバックしてなかなか寝付けなかったり、移動する車に乗っている人が全員男性だったりするとじわっと汗をかいたり。悪夢を見る回数も増えました。撮影が終わってからも、2週間くらいはそういう気持ちが続いて、私でさえそうなら、実際に被害に遭った人はどれほど辛いのだろうと。

実は、加害者のトシオを演じた古山憲太郎さんに対しても、恐怖心がありました。撮影中、宿が一緒だったんですが、目の先に見えたりすると、ドキリとしたり。でも、それだけ『カオリになれた』のは、監督をはじめ、皆さんのおかげです。

加害者のトシオを「普通の人」として描いた意味

――加害者のトシオですが、劇中では、性犯罪など起こしそうにもない、身近にいそうな普通の人にみえました。

小澤:トシオの描き方にはいちばん注意を払いました。この映画を作るにあたって、性犯罪に関する本をたくさん読みましたが、そういう本を読めば読むほど、加害者は変態でも狂人でもなく、僕たちの身近にいるようなごく普通の人だと分かったんです。それをまさに映画でも描きたかった。いかにトシオを、僕らがふだん一緒にいるような普通の人、むしろいい人だと思うくらいの人物として描くかにこだわりました。

でも男性からすると、トシオの描き方が衝撃的みたいですね。試写会に来た男性から、『なぜ父親をあんなに普通の人として描いたのか?』とよく言われます。本当にトシオは、一見したところ僕らと変わらないので、『こんな普通の人が性犯罪なんかするわけがない』と思う人もいるでしょう。

でも逆に、『一歩間違えれば自分が加害者になる可能性もある』と思う人もいるかもしれません。トシオとの向き合い方で、性に対する価値観を試される映画だと思います。

――普通の人が、なぜ性犯罪の加害者になるのでしょう?

小澤:加害者の動機は、性欲よりもむしろ支配欲だと言われています。この点は、トシオを演じた古山さんにも、すごくしつこく言いました。『トシオは性欲じゃなくて支配欲だよ』と。

トシオは妻との関係がうまくいかず、経営している写真館にもほとんどお客さんが来なくて経済的に苦しい。かつ、近所付き合いや友達付き合いもない。彼が満足できるものとか、生きている価値を感じられることが何もないんです。そういう時に、どこに走るかというと、自分より弱いものに支配の矛先を向ける。それが娘のユウだったわけです。

そして、カオリに対する性暴力も、トシオにとっては支配力の誇示だったのではないかと思います。女性を性的に支配することで、自分の価値観を高めたいという欲求なのだと考えています。

次ページ映像を見て、被害者への向き合い方が変わった
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