日本人唯一のエアレーサーは何がスゴいのか 世界を転戦する室屋義秀選手の操縦機に同乗

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わずか300mほどの滑走後、あっけなく離陸。どんどん高度が上がる。まずはロール。左に一回転、次に右に一回転、ゆっくりとロールが始まった。逆さになる度、自然豊かな福島の街が見える。「大丈夫、このくらいは前回も体験した」と自分に言い聞かせる。続いてクイックロール。クルッと一瞬で左回転。連続して今度はフォーポイントロール。90度ずつ4回に分けて右回転して元に戻った。確かに前に乗ったセスナとは挙動が違う。全然違う。トヨタ・ノアとロータス・エリーゼくらい違う。エアレースに用いるエッジ540 V3は単座で、エクストラ300Lよりも軽量だが、パワースペックは大きくは違わないという。

ちょっとだけ通常飛行が続いたと思うと、今度は機首がどんどん持ち上がり、機体が天に向かって垂直になった。出力を下げたのだろう、明らかにエンジン音が小さくなった(映像でも静かになるのがわかる)。完全に推力がなくなり、一瞬、上を向いて空中に止まったかと思うと、クルッと機体が反転して真下を向き、それと同時に地上めがけて加速する。曲技名はハンマーヘッド。真下を向いて飛ぶ時に見えた景色は映画『永遠の0』の特攻シーンと同じだった。縁起でもないが。

旋回中、乗員は身体に8Gを受ける

ハンマーヘッドを体験し、最高のスリルを味わったなと、何もしていないのに達成感を味わっていた矢先、その技、通称シケイン・ターンは始まった。シケイン・ターンとはエアレースで連続するシケインをクリアする際の連続旋回を意味する。見た目には地味だが、旋回中、乗員は身体に8Gを受ける。8Gとは体重の8倍。とつてもなく身体が重い。試しにバンザイを試みるも膝にのせた手がまったく持ち上がらない。エアレースでは選手を守るために10Gを超えるとペナルティが課せられるが、選手はそのギリギリを攻めるという。

その後も宙返りしながら反転するハーフキューバンエイトや連続高速ロールなど、曲技が続いたのだが、8Gの衝撃が大きすぎてあまり覚えていない。着陸後、何人ものメディアを乗せて曲技したにもかかわらずケロッとしている室屋選手を見て、つくづくエアレーサーとは常人とはかけ離れた連中なんだなと感じた。帰りの新幹線では、軽い頭痛とうっすらとした吐き気に耐えながらも(どちらも数日続いた)、幸せな高揚感と謎の達成感を抱いたのであった。

エアレーサー室屋義秀の世界――最高のスリルはここにある その2

(文:塩見 智)

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