日本の転機 米中の狭間でどう生き残るか  ロナルド・ドーア著 

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評者 中沢孝夫 福井県立大学地域経済研究所所長

最近の英語圏には「赤線」(Red Line)というはやり言葉があるそうだ。むろん日本語と同様の意味を表すものではなく、本書によると「交渉を続けてもいい限界線」「それ以上には譲歩しない、“問答無用”となる線」だ。著者はその代表例としてイスラエルによるイランの核施設への攻撃の意思を上げる。

近年は世界のあちこちの国や地域でこの赤線が引かれているようだ。お隣の中国の「核心的利益」という言葉はこれに準ずるといえよう。赤線は、国際的な法的秩序とは無関係に、紛争の当事国によって一方的に引かれる。それゆえ緊張が絶えない。

既存の米国を代表とする国際的な秩序の仕組みは、不完全にすぎかつ相当にいかがわしい。現行の核不拡散条約は、締約国は「核軍縮に関する効果的な処置」などを誠実に行うことになっている。しかし、国連の常任理事国が誠実であるとはだれも思わないだろう。

こうしたことを指摘しつつ、著者は「国際的法的秩序の構築」に「積極的に参加しようという意欲」に乏しい日本へ「政策提言」を行っている。基本にあるのは日本への期待と願いだ。

それは「現在の核不拡散体制にかわる新しい核兵器管理体制を提唱して、米国との軍事同盟をゆるやかに解消」することや「中国が、日本が尖閣諸島を日本の領土とするのが国際法に違反すると思うなら、国際司法裁判所に提訴してください」、さらに日本は「裁判所の受理を妨げない条項を受容したのですから」と主張せよ、といった提言につながる。

綿密な情報収集により世界情勢を読み解き日本のありようを説く、リアリズムに徹した本である。本書を読みながら、外交の場では「毅然とした」などという言葉は無意味なのだ、と評者はつくづく思った。

Ronald Dore
社会学者。専攻は日本の経済および社会構造、資本主義の比較研究。ロンドン大学名誉教授、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス特別研究員、英国学士院、アメリカ芸術科学アカデミー会員、日本学士院客員を務める。1925年生まれ。

ちくま新書 840円 244ページ

  

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