官僚制としての日本陸軍 北岡伸一著 

Books Review

評者 原田 泰 早稲田大学政治経済学部教授

近代国家の軍は、規則、資格、分業、専門知識、文書行政によって特徴づけられる巨大な官僚組織であり、そのコントロールは、ほかの官僚組織よりはるかに重要である。実力組織である軍は、政府の意思と異なる独自の行動を取ることが可能だからである。首相の権限が弱く、国家統合機能の弱い明治憲法下の日本において、軍のコントロールはとりわけ難しい仕事だった。

著者は、だからこそ、軍のトップに極めて強い政治力が必要だったという。そして、それが失われた時、軍内部のそれぞれの組織が独自の原理で動きだした。昭和の陸軍は、統一的な意思を持って国政を誤らせたというより、軍内部のさまざまな勢力が勝手に動いて日本を崩壊に導いていったという。

第一章は、軍がいかにコントロールされてきたか、あるいはされてこなかったかということについての見取り図を与える。結局、目的のための組織が、組織の肥大化のために戦争を続けることを目的とするものに堕してしまった。中国との泥沼の戦争を続けながら英米と戦争を始めるのは、いかなる軍事的合理性からも出てこないと著者は判定する。

第二章は、軍の中で「支那通」と言われた、中国専門家の役割を扱っている。支那通は各地の軍閥に食い込み、相互に競争した。全体の組織はなく、個別の組織が肥大化を求めたことになる。派閥対立を扱った第三章も、派閥が、軍という組織内ですら、統合を危うくし、さらに国家の統合を危うくしたことを示している。

第四章は、当時の陸軍の大立者、宇垣一成についての論考である。宇垣は、軍事力についての客観的な考察、国際情勢に対する認識、軍事を支えるべき国内政治の在り方について、広い視野を持っていた。政策統合の難しい明治憲法体制下において、各勢力を統合し、合理的な政策を取る力があったのは宇垣だったが、当時の人々には、その力は不純で邪なものにも見えた。しかし、その力がなければ、明治国家は機能しなかったという。

著者の議論は説得的だが、組織の肥大化は必ず、組織内部の人間の野心と結びついている。組織の中での栄達という野心が許容されるのに、国家を統合し、客観的な情勢認識によって、正しい政策を取らせようという野心がなぜ邪とされたのかは理解できない。

現在、軍という実力組織が暴走する可能性は低いが、日本の国力が低下する中で政策の統合力が低下している。本書は、その打開策について考えるうえでも貴重な論考である。

きたおか・しんいち
政策研究大学院大学教授。1948年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。立教大学教授、東京大学教授を経る。その間、2004~06年には日本政府国連代表部次席大使を務めたほか、日中歴史共同研究委員会日本側座長などを歴任。

筑摩書房 2730円 361ページ

  

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