パナマ文書は近代国家への信頼を崩壊させた セドラチェク氏と水野和夫氏、「危機」を語る

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トーマス・セドラチェク/1977年生まれ。チェコ共和国の経済学者。同国が運営する最大の商業銀行の1つであるCSOBで、マクロ経済担当のチーフストラテジストを務める。チェコ共和国国家経済会議の前メンバー。「ドイツ語圏最古の大学」と言われるプラハ・カレル大学在学中の24歳のときに、初代大統領ヴァーツラフ・ハヴェルの経済アドバイザーとなる。2006年には、イェール大学の学生らが発行している『イェール・エコノミック・レビュー』で注目株の経済学者5人のうちのひとりに選ばれた

水野:私はマイナス金利によって財産の保全が脅かされていることにも、大きな危機感を覚えます。今、日本でも欧州でも金庫が売れているそうです。人々はなぜ、わざわざおカネをかけて金庫を買うのか。その理由は、銀行に預けても財産の保全は怪しい、政府は何か良からぬことを考えているのではないか、という不信が渦巻いているからでしょう。

パナマ文書問題からは、現在の資本主義体制、そして国家体制のきしみを感じます。

セドラチェク:インターネット時代ならでは、という側面も無視できません。

水野:どういうことでしょう?

セドラチェク:今回の事件で、パナマの法律事務所は外部からハッキングされて情報が流出した、と主張しています。つまり自分たちは被害者だということです。

しかし、たとえセキュリティを万全にしていたとしても、そこでは正しくない行為を行っていたことは間違いない。見えないようにすれば、何をやってもいい、という考え方はおかしい。

私は、パナマの法律事務所の言い分を聞くと、旧約聖書の中にある言葉を思い出します。「どうか私から目をそらしてください」と神に祈る一節です。

昔の人は、すべての行いが神に監視されていると考え、恐れた。まばたくことのない神の目は、休むことなく情報が流れ続ける今日のインターネットに相当するのかもしれません。神の目によって情報は白日の下にさらされ、政治に託していた私たちの希望は、一夜にして失望に変わってしまいました。

ユーロ危機で揺らぐ欧州統合の未来

――財政危機やテロ事件で、欧州統合の理想はかつてないほど動揺しています。これからの世界はどこに向かうのでしょうか。

水野:そもそもEUは国民国家を超えた大きな政治経済的な枠組みを構築しようという実験です。しかし、一方で、スコットランドやカタルーニャの独立運動など、より小さい単位でまとまろうとする動きも起きています。ちょうどいい単位というものを探る動きだと思います。

セドラチェクさんの故国であるチェコスロバキアは無血で分離を成功させましたね。

セドラチェク:そうです。旧チェコスロバキアは1993年に無血でチェコとスロバキアに分離する「ビロード離婚」を果たしました。かつてのユーゴスラビアの国々もバラバラになっています。

ところが、こうした小さく分かれた国々が、大きなEUに加盟を果たしたり、加盟を求めていることには矛盾を感じます。

水野:スコットランド独立運動の背景にあるのは、ロンドンに吸い上げられる税金を、スコットランドのために使いたいという経済的動機とされています。安全保障などの観点からは、政治体制には一定以上の大きさが必要ですが、経済的には、より小さな枠が適合するのかもしれません。

セドラチェク:欧州は、歴史上、最も激しい戦いを繰り広げてきた大陸であることを自覚して、国家間の溝を乗り越えようとしてきました。その試みは成功してきたと言えるでしょう。

結果として、EUは経済のグローバル化を進め、各国が分業してひとつの生産ラインを形成し、欧州全体は大きな工場のようになってきました。その維持には、EU各国が互いに協力して歩調を合わせる努力が不可欠です。

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