アメリカでさえ鉄道が復権する時代が来る−−葛西敬之・JR東海会長

アメリカでさえ鉄道が復権する時代が来る葛西敬之・JR東海会長

鉄道が実用化されたのは1825年。その直後、イギリスのロンドン近郊をロケット号という列車が時速45キロで走った。日本に鉄道が導入されたのは、それから47年後である。約半世紀遅れで日本はイギリスから技術を学び、明治時代に鉄道網を完成させた。そして、20世紀になって自動車と航空機の時代が訪れ、世界で鉄道が主役の座を追われても、日本は鉄道を主軸に高速都市間鉄道網を発展させ続けた。今、エネルギーの高騰、温暖化問題を受け、世界は鉄道の再評価を始めた。その結果、「日本の鉄道」は自動的に、最も先進的な存在として世界の表舞台に再浮上しつつある。

かつて「国鉄改革三人組」と称されたミスター鉄道が、鉄道の歴史と日本モデルの意義を説く。

 --日本の鉄道文化を世界の鉄道史の中でどう位置づけますか?

ヨーロッパの19世紀は鉄道の世紀でした。鉄道整備には英米型と欧州型があって、英米型はプライベートビジネス、要するに民間企業がつくる。一方、欧州大陸の鉄道は王様の鉄道、ロイヤル・レールウェーで国が建設をする。ドイツのビスマルクは、鉄道を建設することは国家を建設することだと言った。ナポレオン3世も鉄道建設に熱心だった。

なぜかといえば、鉄道は大量の軍隊を速やかに戦線に送る役割を果たしたからです。典型的なのが普仏戦争。さらに第1次世界大戦では、仏との西部戦線とロシアとの東部戦線の二正面作戦を強いられたドイツが、鉄道による動員力に注目して立案したシュリーフェン・プランが有名です。20世紀も第1次大戦までは、鉄道は国の経済、国防、軍事を含む基幹産業だった。

その後、航空機が開発され、自動車ができて、第2次世界大戦では、いわゆる軍事的な陸路思想ががらりと変わった。勝敗を決するのは機動力だという考え方で急速に軍事技術が進み、それに合わせて交通網の整備が行われ、モータリゼーション、航空機化が加速した。戦争が終わったとき、鉄道はもう時代遅れだという空気が全般的になっていました。

しかし、日本は遅れて鉄道をスタートさせ、そして最後までこだわった国です。戦争が終わったときに、日本では道路は未整備だった。ネットワークが完成し、かつ崩壊した日本の行政組織の中で正常に動きえたのは国鉄だけだった。昭和10(1935)年を基準に、戦争が終わった年の日本の製造業の能力は3割まで落ちていたが、鉄道は7割以上の能力を残していた。それをフル稼働したから輸送量は終戦直後、昭和10年を上回っていたほどだった。

戦後の日本は鉄道を主軸に交通機関を考えた。これは欧米との画期的な差です。日本にはそれしかなかった。石油がないうえに、敗戦国で石油が買えない。日本にあるエネルギー資源は石炭と水力発電です。石炭は製造業、重化学工業に重点的に回し、水力を使って発電して鉄道を動かすという戦略をとった。

これが日本の鉄道の発展形態を決定した。電気鉄道は、発電所、送電線があり、変電所で受け、電線があって動く。だから、そのどこかに攻撃を受けたら動かない。戦争を頭に置いて安全保障を考えると、電気鉄道は弱い。でも、日本は戦争をしないのだから、攻撃に対しての抵抗力を考えるより、正常に機能したときの効率性を選ぶと割り切った。

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