「自宅警備員」を自称するということ 「引きこもり」となにが違うのでしょうか?

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それは、初めての「自称」でした

オタクに限らず、自動2輪のファンにしろ、ギャンブル愛好家にしろ、ヅカファンにおける宝塚劇場にしろ、あるいは矢沢永吉さんのファンにおける武道館ライブにしろ、普通、特定のアイデンティティ集団というものは、何かしら依り代、聖地を持っているものです。しかしリアルの空間に進出しない「引きこもり」には、交流する場所が原理的にありませんでした。

しかしネットの普及により、引きこもっていても相互にコミュニケーションが取れるようになった。そしてそういう人たちが常駐する場所もネットの中に生まれます。

何かと話題になる、日本最大のネット掲示板「2ちゃんねる」などはその一つの典型といってよいでしょう。そうしたネット上のコミュニケーションから「自宅警備員」という言葉は生まれてきました。

「働いていないように見えるがそうではない。実は自宅を警備しているんだ」という、この言葉が持つ一種の自虐的なユーモアは、これが初めて自分たち自身による「自称」という出自を持っていたためでした。

ちなみにネットではほかにも「一級在宅士」「CO2クリエーター」「代表戸締役社長」といった類例も見られます。

私はこうした言葉が生まれるのは現代のよいところだと思います(親御さんはたまらないでしょうが)。

私が高校を中退し、世間との交流を絶って引きこもっていたのは1980年代の後半。まだ長期固定雇用の伝統が確固として存在し、「学校を出て会社に就職すれば一生安定して生活できる」というモデルが機能していた、最後の時代でした。

当時はまだ「引きこもり」という言葉すら定着しておらず、社会人でもなく、学生でもなく、浪人ですらない。「何者でもない」という状況は、なかなかに厳しいものでした。

しかし現代では、そんな人たちでもアイデンティティ集団を構成することができるようになっている。

「自宅警備員」という言葉の存在は、今までとは違ったあり方で人がつながる可能性を示しているようで、「そこには何か新しい芽が確かにある」と、感じられるのです。

【初出:2012.11.17「週刊東洋経済(解雇・失業)」

 

 


(担当者通信欄)

最近は人口に膾炙してきたようにも思える言葉です。「自宅警備員」を自称するユーモア、それを発揮できる場もインターネットによって形成されてきたのですね。

さて、堀田純司先生の「夜明けの自宅警備日誌」の最新の記事は2012年11月19日(月)発売の「週刊東洋経済(特集は、ソフトバンクの世界作戦)」で読めます!
【現代を読み解くカギ。中二という病】

「中二病」をご存じですか?この「病」について深く考えたことはありますか?

 

 

堀田先生の近刊紹介。中年の青春小説『オッサンフォー(講談社、2012年)。詐欺師四人組が大阪を舞台に繰り広げる事件も、ぜひ本コラムとごいっしょに♪

 

堀田 純司 作家

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ほった じゅんじ / Junji Hotta

1969年3月8日、大阪府大阪市生まれ。桃山学院高等学校を中退後、大検を経て、上智大学文学部ドイツ文学科卒業。漫画誌編集者などを経て自身の著作を発表するようになる。文芸、科学、社会問題、メディア、ポップカルチャー等々、幅広く関心を持つ。著書に“中年の青春小説”『オッサンフォー』(講談社、2012年)、『僕とツンデレとハイデガー』(講談社、2011年)、『人とロボットの秘密』(講談社、2008年)などがある。編集者としても『生協の白石さん』(講談社、2005年)などのヒット作を手がけている。2010年には各分野の書き手とともに「作家が自分たちで作る日本で初めての電子雑誌」『AiR(エア)』を刊行し注目を集めた。続く『AiR2(エアツー)』(2011年)、『AiR3(エアスリー)』(2012年)も好調に刊行。
⇒【Twitter(@h_taj)

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