松下幸之助は「仕事は預り物」と考えていた 会社は公のもの、仕事も預かっているもの

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面白い考え方をする人だと思った。そういう考え方もできるなあと、外の景色を眺めながら思ってみれば、いろいろと発想をふくらませることができた。たとえば電車だ。この電鉄会社は自分のもので、しかし、自分は別の仕事をしているから、他の人たちに経営をやってもらっているのだと考える。そう思えば他の乗客は、自分の会社の電車を利用してくださるお客さまだ。

すると松下電器も松下の持っている資産も、実は私のもので、私は私の仕事があってその経営も管理もできないから、松下幸之助さんにやってもらっているのだと考えることも許されるわけかと、思わずひとり笑ったことがあった。

さらに発想を広げていくと、他人(ひと)のものは自分のものという考えに続いて、自分のものは他人(ひと)のものという考えも自然に導かれてくる。

「会社は公のもの」

松下のなかで「会社は公のもの」「企業は公器である」という考え方は、非常に大きな意味を持っていた。企業は、天下の人、物、金を活用するのであるから、必然企業は天下のもの、公のものと考えるべきだと松下は説明している。あるいは、他人(ひと)のものは自分のもの、自分のものは他人(ひと)のものという面白い考え方からしても「企業は公のもの」という説明ができるのかもしれないと、それから数年後、このときの松下の話を思いだして考えたことがあった。

他人(ひと)のものは自分のもの、だから、預かってもらっていることの感謝とお礼を大事にしなければならない。逆に自分のものは他人(ひと)のもので、だから大切に活用しながら成功させ、発展させなければならない。すなわち企業は決して経営者や従業員や株主だけのものではなく、多くの人たちからお預かりしたものだ、という考え方になる。

さてもともと、ほんとうは自分のものではないが、それを自分のものだと考えてみるという面白い発想は、松下が生きる知恵として自然に身につけたものかもしれない。9歳で丁稚に入った松下は、朝早く起きてふき掃除をし、商品の手入れを始めなければならなかった。奉公していた店のすぐ向かいの家から、同じくらいの歳の子供が、毎朝、店の掃除をしているときに、「いってきます」と綺麗な制服を着て学校に通う。それを、ほんとうにうらやましいと横目に見ながら、というのが松下のスタートであった。その後も病弱で、思うようにならない日々が続いた。

その中で松下は、どうすれば幸せに楽しく過ごせるかという知恵を、自然に考えだすようになったはずである。その知恵が、他人(ひと)のものは自分のもの、自分のものは他人(ひと)のものという考え方。言いかえれば、そう考えることによって松下の気分は大きくなり、いつのまにか「公」への意識が松下の基本の哲学になっていったのではあるまいか。

だとすれば、「会社は公のもの」「企業は公器である」という考え方は、一見堅苦しくみえるが、さかのぼってみれば自らの体験と知恵から到達した、ごく自然な考え方だったのだと思われる。

松下の思索のすべては、そのようにごくごく自然に生まれてきたものだと言っていいと思う。

江口 克彦 一般財団法人東アジア情勢研究会理事長、台北駐日経済文化代表処顧問

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えぐち かつひこ / Katsuhiko Eguchi

1940年名古屋市生まれ。愛知県立瑞陵高校、慶應義塾大学法学部政治学科卒。政治学士、経済博士(中央大学)。参議院議員、PHP総合研究所社長、松下電器産業株式会社理事、内閣官房道州制ビジョン懇談会座長など歴任。著書多数。故・松下幸之助氏の直弟子とも側近とも言われている。23年間、ほとんど毎日、毎晩、松下氏と語り合い、直接、指導を受けた松下幸之助思想の伝承者であり、継承者。松下氏の言葉を伝えるだけでなく、その心を伝える講演、著作は定評がある。現在も講演に執筆に精力的に活動。

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