フリードリヒ・ハイエク ラニー・エーベンシュタイン著/田総恵子訳 ~理解の補助線となる伝記で知的道程をたどる

フリードリヒ・ハイエク ラニー・エーベンシュタイン著/田総恵子訳 ~理解の補助線となる伝記で知的道程をたどる

評者 高橋伸彰 立命館大学教授

 ハイエクは1899年5月に、当時のオーストリア=ハンガリー帝国の首都ウィーンで生まれ、1992年3月に統合後のドイツのフライブルクで息を引き取った。享年92、今でこそ有名だが、もし晩年の74年に75歳でノーベル経済学賞を受賞していなければ、「今ほどの評価を得ていたかどうか、誰にもわからない」と、本書の著者エーベンシュタインは言う。

ノーベル賞の受賞前にも、ハイエクは一度世界的な名声を得た。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)在任時の44年に出版した『隷属への道』が、英国と米国で空前のベストセラーになったからだ。しかし、それから30年後のハイエクは、社会科学の博士号も出せないザルツブルク大学で「友人もほとんどなく、研究の面でも孤立」した生活を送っていた。そんな「無名」のハイエクの受賞を、一部のマスコミは「理解できない」と報じた。ハイエク自身も「ノーベル賞委員会は、自分のことを『燃え尽きた年寄り』と見ていると思い込んでいた」という。

だが、ハイエクは受賞後のインタビューで「認めてもらうために研究したことはない」と断りながらも、「認めてもらえればうれしいに決まっている」と答えた。受賞の効果は絶大だったからだ。実際、LSE時代はケインズの後塵を拝したハイエクは、受賞を契機にマネタリストのフリードマンと共に、反ケインズ・反インフレの経済学者として、一躍「社会で評価されるようになった」。また受賞後の75年に英国保守党の党首となり、79年に首相に就いたサッチャーが『自由の条件』や『法と立法と自由』を「傑作」と評し、ハイエクを「自分の人生哲学の師と公に讃えた」ことから、政治の世界でも名声が響き渡るようになった。まさに、ノーベル賞で「ハイエクは晩年、有名人に返り咲いたのである」。

ハイエクの業績を通説にだまされることなく理解しようとすれば、当然ながら一つ一つの著作をひもとく以外に道はない。ハイエクの知的道程をたどる本書の目的は、その理解を助けることにある。優れた伝記の効用は、幾何学の問題を解く際の補助線に似ている。ハイエクの生涯や生きた時代の背景を知れば、「思想をより深く解明できるようになるかもしれない」からだ。

幸い、ハイエクの業績は本書と同じ出版社から全20巻プラス別巻2巻(うち1巻は近刊)の全集として公刊されている。一説によれば「晦渋」な「ハイエクの英語」よりも邦訳のほうがわかりやすいという。本書を「補助線」にして、ぜひハイエクの原典に挑戦してほしい。

Lanny Ebenstein
ジャーナリスト。米カリフォルニア大学サンタバーバラ校で教鞭も執っている。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)でPh.Dを取得。経済・政治思想史についての著作に定評がある。著書に『最強の経済学者ミルトン・フリードマン』。

春秋社 3675円 441ページ

  

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