<激論 医療制度改革>間違った政策はこうして生まれた−−−高齢者医療・介護の第一人者と元政策当事者が真相を語る

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 吉岡 しかし……、厚労省の政策立案プロセスについての内幕を知ると、医療崩壊以前に霞が関崩壊だね。

村上 霞が関は1990年代に接待スキャンダルや贈収賄で国民から厳しい批判を受けましたが、最近は政策面で荒っぽさが目立ち、政策の質自体が劣化しています。これではダメだと若手キャリアはどんどん辞めています。意思決定が機能不全に陥っていますし、ましてや複数の省庁にまたがると、意思決定プロセスの劣化ははっきりしています。

吉岡 こういうまともなことを言うお役人が辞めるというのは、そういうことなんですよ。いや本当に笑いごとではなく、医療崩壊、介護崩壊の原因は霞が関崩壊ですね。

(撮影:今井康一)


 よしおか・みつる
1949年生まれ。東京大医学部卒。1983年の「老人の専門医療を考える会」創設に参加。患者をベッドに縛る身体拘束を一切しないなど高齢者医療の先駆的存在。NPO全国抑制廃止研究会理事長。

むらかみ・まさやす
1974年生まれ。東京大経済学部卒。大蔵省で内閣官房地域再生推進室参事官補佐等を務めた後、厚生労働省保険局総務課に課長補佐として出向中、医療費適正化計画立案に加わる。06年に財務省退官。


※【1】療養病床の削減
 療養病床は、主に高齢者の長期入院を受け入れてきた。重病患者を診る急性期病院が行うような高度治療や手術は行わないものの、24時間医師が常駐し、必要な医療を行ってきた。この療養病床のうち、13万床あった介護保険適用型(介護療養病床)は2012年度に全廃、約25万床あった医療保険適用型(医療療養病床)も大幅に減少する見通し。

※【2】平均在院日数の短縮
 小泉政権下での医療制度改革では、【1】医療費適正化の推進、【2】後期高齢者医療制度の創設、【3】保険者の再編・統合などが決定された。中でも具体的政策目標の一つとして、08年度から5年間の医療費適正化計画においては入院患者の平均在院日数の短縮について、全国平均(36日)と最短の長野県(27日)の差を半分に縮小することが掲げられた。厚生労働省は、わが国の場合、欧米諸国と比較して平均在院日数が著しく長いと強調した。さらに同適正化計画では、各都道府県の平均在院日数の目標達成度に応じて「当該都道府県のみに適用される特例的な診療報酬を設定することができる」とされており、計画未達成の県にプレッシャーをかける仕組みが盛り込まれた。

※【3】社会的入院
 自宅に介護者がいない、介護施設がないなど「社会的な事情」から、高齢者が病院に入院している状態。1970年代に老人医療費が無料化されて以降、問題化した。厚労省は実態調査によって、療養病床では医師による医療の提供を「ほとんど必要としない」患者が半数、「週1回程度」で済む患者と合わせると約8割に上るという結果が出たとし、療養病床削減政策に踏み切った。

※【4】在宅での看取り
 日本では自宅以外での死亡率が9割近くに達している。国はこれを医療費膨張の一因ととらえ、在宅で最期を迎えられるような地域医療づくりを提唱している。

※【5】健康づくりの促進
 政策の柱が4月に始まった「メタボ健診」。40~74歳向けにメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)など肥満を原因とした生活習慣病の予防を目的とした特定健康診査・保健指導を行う。診断基準については異論も多い。

※【6】、【7】医療区分問題
 中央社会保険医療協議会(中医協)の診療報酬調査専門組織である慢性期入院医療包括評価分科会(会長:池上直己慶應大教授)は昨年の調査で、医療区分2と3の患者割合が「患者区分の導入を契機に医療者が患者状態を丁寧に診るようになった結果、当初の想定よりも増えた」と発表。医療区分1を極端に低い点数にすることで療養病床削減政策に使われたことに対して、異例の異議を唱えた。

※【8】産科・小児科対策
 分娩施設の減少による「お産難民」が出現した産科や、当直勤務医の疲弊が激しい小児科については08年の診療報酬改定で各種の大幅な加算がなされた。

高橋 由里 東洋経済 記者

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たかはし ゆり / Yuri Takahashi

早稲田大学政治経済学部卒業後、東洋経済新報社に入社。自動車、航空、医薬品業界などを担当しながら、主に『週刊東洋経済』編集部でさまざまなテーマの特集を作ってきた。2014年~2016年まで『週刊東洋経済』編集長。現在は出版局で書籍の編集を行っている。

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