そして今週、松山はオーガスタに送り出された

「チーム松山」しか語れない松山英樹論<後編>

2月のフェニックスオープンで優勝した松山英樹。優勝カップを一緒に持つ進藤キャディ(右)と飯田トレーナー(左)(写真:筆者撮影)
米ツアーで戦う松山英樹をサポートする“チーム松山”たち。今回は縁の下の力持ちたちにスポットライトを当てる2回シリーズの後編。飯田光輝トレーナーと進藤大典キャディの目線から松山英樹を語ってもらった。
               前編:アイアンの音を酒のつまみにしたいくらいだ

 

松山が米ツアーの正式メンバーとして本格参戦を開始した2014年。その年から松山の肉体面の管理を任されているのは飯田光輝トレーナーだ。

「初めてヒデキに会ったのは、彼がまだ東北福祉大の1年生でカシオワールドに出ていたときでした」当時、飯田トレーナーは日本ツアーで多数の選手を受け持っており、カシオワールド会場でも契約選手たちのケアで大忙しだった。そこにひょっこり現れた松山は、あどけなくて華奢な大学生という印象だったそうだ。

歩調が乱れそうになることもある

「『どこか痛いなら、やってあげるけど、今、契約選手で手一杯だから手が空くまで待っているならいいよ』と言ったら、彼は2時間半ぐらい、じっと待っていました。で、体を触ってみるとガリガリで――。細いなあと思ったことをよく覚えています」

その大学生が、アジア・アマチュア選手権を制してマスターズに出ると知ったのは、そのあとのことだったそうだ。

「あれから5年ぐらいで、ヒデキがここまで来るなんて――、早いですよね」と、そう振り返った飯田トレーナーは感慨深げだった。選手とトレーナーとしての2人の歩みは、歩調を上手に合わせなければ進めない二人三脚。熾烈な米ツアーにおいては歩調が乱れそうになることもある。

「最初の年は、親指とか背中とか、そのとき抱えていたケガを治すことから始めました。そして去年はどこにも痛みも出なかった。でも今年は――」

 そう、今年2月末、松山は股関節痛でホンダクラシックを途中棄権した。マスターズを控えた大事な時期、慎重な復帰プランが求められたことは言うまでもない。

そして、その翌週のキャデラック選手権の練習日。飯田トレーナーは松山の段階的な復帰をプランし、「その日は前半9ホールだけが最善」と考えていた。だが、周囲でほかの選手たちが精力的に練習している世界選手権シリーズの雰囲気の中、松山は大丈夫だと言い張り、そのままバック9へ。

18ホールを終えた松山は「(はやる気持ちを)抑えきれないものがあった」と明かしたが、その一方で「飯田さんには止められましたけど――」と飯田トレーナーの指示を守らなかったこと、気を悪くさせたであろうことを松山なりに気遣っていた。

もちろん、そういう出来事で2人の関係にひびが入ったりはしない。むしろ、そういう出来事を乗り越えてきたからこそ、2人の信頼は強固になっているのだと思う。

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