松下幸之助は「訴えること」を大事にしていた 経営者の考えを社員に浸透させるには?

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 思いつきで考えたこと、ちょっと考えていいと思ったこと、人に聞いて感心したこと、そんな程度で社員や部下の人たちに話しているのなら、部下はえらい迷惑である。経営でたいがい悪いのは、経営者のほうである。

「それから、繰り返し話をする、繰り返し訴えていくということも大事やね。繰り返すことが、経営者の考えを浸透させることになるな」

年1回話したから大丈夫、書類を回しておいたから理解しているはずだ、と、その程度で社員の人たちに周知徹底することは不可能である。いや、自分は3回も4回も話をしました、それでもうちの社員はだめですという経営者の人もいるだろうが、それでも伝わらなかったら、10回も20回も繰り返したらいいのである。

松下は若いころ、3年近く毎日朝会で自分の考えを話したことがある。10分か15分ほどだが、繰り返し繰り返し自分の考えを訴えた。題材は自分の経験したこと、きのう考えたことなど、その日によって変えていくが、しかし、究極言わんとすることは同じである。毎日となれば、なかなか苦労である。中心となる考え方がなければ、続かなくなる。

「とにかく、わしは毎日、話をした。そうすると、社員諸君ははじめはただ、へえ、そうですか、ということやな。けど、繰り返し話をしておると、だんだんと、なるほどそうかと。そりゃ自分たちもやらんといかんですな、ということになる。やがてしばらくすると、社員のほうが一生懸命になって、大将、なに言うてますねん、そんななまぬるいことではあきません。わたしらについてきなさい。ハハハ。ほんまにそやで」

繰り返し話すことの重要性

繰り返し話をすることによって、自分たちのリーダーがいまなにを考えているのか、自分たちはなにに取り組まなければならないか、どういう方向で努力をしていったらいいのか、ということが社員は自然にわかってくる。経営者の真意が十分に伝わっていく。

「そしてもう1つ大切なことは、なぜ、ということを話すことや。ただ言いたいことや結論だけを言うということではあかんわけや。責任者が『なぜ』を説明することによって、社員はその言わんとする全体を理解することができる。そうしないと、社員はその責任者についてこんで」

この「なぜ」を説明するということは、今のような価値観多様化の時代においては特に重要なことであろう。そして、なぜを説明するためには、責任者は自分の頭で十分に考えることが必要である。自分で考え抜きもせずに、ただ単に大声で訴えるということでは、部下はむしろ離れていってしまうだろう。

①燃える思いで訴える、②繰り返し訴える、③なぜ訴えるのか、を説明する。この三つの繰り返しをしなければ、経営者の真意は社員には伝わらない。なかなか自分の考えが社員に伝わらないと思うなら、自分が十分な努力をしているかどうか、よく考えてみるべきである。

江口 克彦 一般財団法人東アジア情勢研究会理事長、台北駐日経済文化代表処顧問

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えぐち かつひこ / Katsuhiko Eguchi

1940年名古屋市生まれ。愛知県立瑞陵高校、慶應義塾大学法学部政治学科卒。政治学士、経済博士(中央大学)。参議院議員、PHP総合研究所社長、松下電器産業株式会社理事、内閣官房道州制ビジョン懇談会座長など歴任。著書多数。故・松下幸之助氏の直弟子とも側近とも言われている。23年間、ほとんど毎日、毎晩、松下氏と語り合い、直接、指導を受けた松下幸之助思想の伝承者であり、継承者。松下氏の言葉を伝えるだけでなく、その心を伝える講演、著作は定評がある。現在も講演に執筆に精力的に活動。

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