待機児童緊急対策、なぜこうも的外れなのか 選挙対策になってしまっている不幸

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そこで厚労省は2015年度から、保育サービスの対象者を「保育に欠ける」から「保育の必要な児童」とし、パートタイムや求職中の親の子ども、祖父母が同居している子どもも含むことにした。さらに2017年度末までに、育休中や求職活動休止も含ませて50万人の保育を可能とする「待機児童解消加速化プラン」を想定している。

また「緊急対策」では、0歳児から2歳児までの子どもを預かる「小規模保育所」の定数を現状の19人以下から22人まで預かることができるようにする、3歳以上も利用できるようにするなどの「規制緩和」も図っている。

しかしこれには批判が多い。「19人から22人に預かる子どもの数を拡大するのはいいが、保育士の数がそのままで、果たして安全性は保全できるのか」「狭いスペースに0歳の赤ちゃんと5歳児を一緒に預かることはできるのか。5歳児になれば、ハサミを使うことも学んでいく。赤ちゃんの側でハサミを使わせるのは危険ではないか」。

29日に開かれた会合では、参加した母親たちから安全性についての不安の声が出た。枠を拡大しても、内容が伴っていなければ意味がない。保育の内容を充実させるには、まず保育士の数を増やすことが必要だ。実は待機児童問題とは、保育士不足問題でもある。

保育士の待遇改善こそが急務

なぜ保育士が不足するのか。その原因は労働条件にある。

厚労省の2014年度「賃金構造基本統計調査」によれば、保育士の平均所定内賃金は月額20.98万円で、全産業の29.96万円よりも9万円も低い。また平均勤続年数は7.6年で、全産業の12.1年の3分の2にも満たない。

では保育士が働く現場はどうか。全国福祉保育労働組合が2015年秋に実施した「福祉に働くみんなの要求アンケート」(回答数3141人)によると、「仕事のやりがい」について「とてもやりがいがある」との回答が21%で「やりがいがある」が71%。しかし「仕事を辞めたいと思ったかどうか」については、「いつも思っている」が10%で「時々思う」が56%という結果が出ている。

すなわち保育士の仕事とは、やりがいを感じられるが、給与などの待遇面は悪いために、仕事の継続が難しいということになる。

保育士の待遇改善については、自民党と公明党が給与の2%上積みを求める提言書を3月25日に安倍首相に手渡した。一方で民進党など野党が3月24日に提出した「保育士等処遇改善法案」では月額5万円の上積みだ。

これらは同時に“選挙対策”でもある。

厚労省は3月30日、月額5万円の給与引き上げを求める2万8453名分の署名を受け取った。ただし3月9日に保育園の整備加速を求める2万7682名分の署名が出された時のように、塩崎恭久厚労相が直接受け取ったわけではない。実は自民党内から「あれではまるで自民党が子育て支援に取り組んでいないような印象を与えてしまう」と批判が出たため、塩崎大臣は自粛したのだ。

もし民進党政調会長に就任した山尾氏が先導する形で塩崎大臣が署名を受け取ったなら、その印象はさらに強まってしまう。7月に参院選を控える今、それは自民党にとって得策ではないわけである。このように、政治家の論理が優先されるなら、この問題が解決される時は依然として遠くなるだろう。
 

安積 明子 ジャーナリスト

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あづみ あきこ / Akiko Azumi

兵庫県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。1994年国会議員政策担当秘書資格試験合格。参院議員の政策担当秘書として勤務の後、各媒体でコラムを執筆し、テレビ・ラジオで政治についても解説。取材の対象は自公から共産党まで幅広く、フリーランスにも開放されている金曜日午後の官房長官会見には必ず参加する。2016年に『野党共闘(泣)。』、2017年12月には『"小池"にはまって、さあ大変!「希望の党」の凋落と突然の代表辞任』(以上ワニブックスPLUS新書)を上梓。

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