ワイン造りの思想 その3 セパージュ(品種)主義《ワイン片手に経営論》第14回

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 「科学といっても、分野はひとつではない。プロセスを完璧に理解するためには、地理学、地質学、気象学、農学、植物学、生物学、そして化学の初歩的知識が必要だ。物理学についても、ほんの少しでも知っておけば、役に立つことがあるだろう。ブドウ畑を知りつくすためには、土の質、地下水面、降雨パターン、台木、ブドウの品種、植樹間隔と植樹の時期、害虫の管理、カビと菌類の管理、木の仕立てと剪定の技術、灌水、糖分と酸のレベル調整、日照、ブドウの収穫時期、そして最適の収穫方法について、知っておかなければならない。そしてワインのつくり方を習得したければ、複雑な発酵、酵母菌の種類、酸のレベル、ブドウの皮と茎と種の構成比・・・(中略)・・・工学技術や冷蔵技術、そして溶接技術についての多くの知識も、仕入れておくと役立つ。もしわたしたちと同じようにオーク樽のなかでワインを熟成させるのなら、森林と森林整備についての知識が必要だ。…(中略)…どのような種類の樽が、ワインにどのような質を与えるのか。コルクひとつをとっても、一種の科学である。…(つづく)」(ロバート・モンダヴィ『最高のワインをめざして ロバート・モンダヴィ自伝』早川書房)

 省略しつつも、かなり長く引用させていただきましたが、生産技術といっても、そこには膨大な科学が存在することをお伝えしたかったためです。カリフォルニアの多くのワイナリーが研鑽・努力を積み重ねて、技術を蓄積していきました。ロバート・モンダヴィ以外には、ワレン・ウィニアルスキー氏、アンドレ・チェリチェフ氏などが技術的進歩に大きく貢献したワイン醸造家です。彼らは、ヨーロッパの貧しい村などから、米国に夢を託して移民してきた人たちで、とても忍耐強く、努力を惜しまない人たちでした。

 当時の米国では、ワインという飲み物は市民権を得ておらず、また造られているワインは、それほど質の高いものではありませんでした。しかし、ロバート・モンダヴィ氏のようなイタリアから来た移民にとって、ワインは身近なものでした。

 こうした人たちが、ヨーロッパのようなワインを造ろうとカリフォルニアの地で努力を継続し、米国で実用化された技術が、低温発酵法やマロラクティック発酵法といった技術が米国で実用化されました。そして、1970年ごろには、ヨーロッパと伍していけるほどに品質が高まっていたのです。

 しかし、ワインは眼でその品質を確かめることができない商品です。品質が高いということを、知ってもらうことは中々容易なことではありません。味わい・香りは人によって感じ方が異なりますし、飲んだ瞬間に消え去ってしまうものでもあります。それまで好ましくないイメージが広がっていると、なおさら、高い品質を認めてもらうことは難しくなります。ですが、このイメージを覆す出来事が起きたのです。

 次回は、テロワール主義とセパージュ主義の激突が、はっきりと目に見える形で初めて起きたときの様子をお話しいたします。

*参考文献 
ヒュー・ジョンション、『ワイン物語 下』、平凡社
麻井宇介、『ワインづくりの思想』、中央公論新社
ロバート・モンダヴィ、『最高のワインをめざして ロバート・モンダヴィ自伝』、早川書房
The Global Wine Statistical Compendium 1961-2006, Jeremy Rothfield, Glyn Witter

《プロフィール》
前田琢磨(まえだ・たくま)
慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。横河電機株式会社にてエンジニアリング業務に従事。カーネギーメロン大学産業経営大学院(MBA)修了後、アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社入社。現在、プリンシパルとして経営戦略、技術戦略、知財戦略に関するコンサルティングを実施。翻訳書に『経営と技術 テクノロジーを活かす経営が企業の明暗を分ける』(英治出版)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2009年9月18日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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