(第9回)視覚の再生をめざして

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●生物材料による網膜の再生

 私は様々な理由から、血液研究を視覚研究に発展させることを決意した。眼は組織の発生学において研究に格好なモデルとして、古典的発生学の時代から主要な研究テーマとなってきた組織である。しかし、幹細胞、再生医療という観点、あるいは血液学でおこなってきた細胞のシグナル制御、という観点からみた場合、網膜はまだまだ課題の多い分野であった。網膜は中枢神経の一部であるので脳と比較して考えられることが多いが、脳神経の幹細胞の分野が急速に展開し、神経幹細胞による喪失機能の回復が様々な実験系で実現しつつあるのに対して、網膜は再生の実用化への道は遠い。こと日本においては研究人口も少ない分野であるといわざるをえない。

●網膜幹細胞を求めて

 網膜は6種類の細胞から構成されており、すべての細胞を生み出す網膜幹細胞に相当する細胞が存在することが予想されているが、その実体はまったくわかっていない。私達は網膜の幹細胞を血液幹細胞同定と同様の攻略法で同定することを目指して研究をすすめている。細胞表面の蛋白質に対する抗体をもちいて前回述べたような細胞の表面にでている蛋白質を蛍光標識した抗体で染色し、網膜の細胞を小さな集団に分離して、それぞれの性質を検討するというやり方でより未分化な細胞集団を追いつめていこうとしている。そして未分化な網膜の細胞の性質や特徴を明らかにすることができたならば、iPS細胞から網膜への分化を誘導する際に有用な情報になることが期待される。

 網膜細胞は血液と異なりばらばらの細胞ではないので、まず酵素で処理して細胞どうしをつないでいる蛋白質を破壊し、その3次元的な構造を壊す。しかし、いったんばらばらにした細胞は血液のように単独では培養できないので、再び塊にしてフィルターの上で培養する方法をとっている。ここに極めて少数の色をつけた細胞を混ぜることにより、その色のついた細胞を他の周囲の網膜細胞から独立して観察することが可能になり、あたかも骨髄細胞のコロニー形成のように観察することができる。

 私達はこの色つき細胞として大阪大学の岡部先生が作製された通称グリーンマウスというマウスを利用させていただいている。このマウスは全身に緑色の蛍光蛋白質をもつマウスで、どの組織をとっても緑色に輝いている。これを普通のマウス由来の細胞と混ぜあわせると、紫外線をあてるだけで緑マウス由来の細胞のみが輝き、どこにいるのかがすぐわかる、というシステムだ。

図9-1:岡部先生のグリーンマウス
動物を用いた遺伝子工学の技術が発達し、動物の特定の遺伝子を壊して機能をなくしたり、特定の遺伝子を付加して新しい機能を加えたりすることができるようになった。
このマウスは緑色に光る蛋白質の遺伝子を体全身にもつマウスである。紫外線により蛋白質が写真のように緑色に輝く。色のついていないマウスは比較のための通常のマウス。
写真:岡部勝先生提供。グリーンマウス詳細は岡部先生のホームページを参照
http://kumikae01.gen-info.osaka-u.ac.jp/EGR/index.cfm
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