(第11回)<乙武洋匡さん・前編>僕だからこそ伝えられることがある

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(第11回)<乙武洋匡さん・前編>僕だからこそ伝えられることがある

大学在学中に、自身の体験談を綴った『五体不満足』を出版、大ベストセラーとなり、その後はキャスターやスポーツライターとして活躍していた乙武洋匡さん。2年前から通信教育で学び、教員免許を取得。4月から杉並区の小学校で教壇に立つ。
 「人はみな違うんだ。それぞれによさがある。その良さを持ち寄り、社会で生かせるように」。
 身体に違いがある自分だからこそ子ども達に伝えられることがある、と教師にかける思いや、そんな自分を育んでくれた恩師の思い出を語ってくれました。

●教育問題に興味を持った理由

 4月から杉並区の小学校の教員になりますが、教師になることは、自分の中でも突然のことでした。
 教育に関心を持ったのと実際に教師になろうというタイミングは違いましたが、まず教育に興味を持ったきっかけは、新聞やテレビの報道を見ていて、十代の少年少女が被害者になるだけでなく、加害者になる事件が相次いで耳に入ってきたことです。もちろん、一番可哀そうなのは被害者であり、その遺族の方だと思うのです。しかし僕は、加害者の人達も可哀そうだなと思ってしまいました。  誰もが、「よりよく生きたい」と思って生まれてきたわけで、犯罪者になろうと思って生まれてきた子などひとりもいないはずなのに、彼らが育ってきた境遇や環境でそうしたことになってしまう。でもきっと彼らもSOS信号をどこかで発信していたと思うのです。周りの大人がどこかでそれに気づいて、軌道修正してあげられなかったものかと思いました。

 僕自身は、両親や学校の先生、地域の大人たちに、きちんと教育をされていたからこそ、今の僕があるんだと。そうした意味で、子どもが育っていく中で、もっと周りの大人が責任を持っていかなければならないのだと思いました。
 そんなことから、もちろんスポーツを伝えるというのも大事な仕事なのですが、今後は教育に関わっていきたいという思いが強くなっていったのです。

●身体が違っても、みんなと同じ教育

 僕の「学校の思い出」というと、やはり小学校が思い出されます。学校は勉強する場ではあったのかもしれない、けれど、やっぱり遊び場、楽しい場、友達と触れ合う場、きらきらしている場所でした。
 一年生から四年生まではずっと同じ先生で、五~六年生でもうひとり。計二人の先生に教わりました。二人とも僕にとっては素晴らしい先生で、いい教育をしてくださり、今も本当に感謝しています。今の僕があるのも彼らのお陰だと思っています。

 まず、一人目の先生はすごく年配の方で、僕が四年生を終えた年に定年を迎えられました。この先生は、手足がない電動車椅子に乗っている僕を特別扱いせず、何でもみんなと同じようにさせました。これはすごく特徴的な指導だと思います。幼稚園の頃から、この電動車椅子を使っていたのですが、それに乗ってはいけないと。僕は、自分のお尻をひきずるようにして歩くのですが、校庭に出るときも校舎の中でも、階段に昇るときもです。体育の時間や朝礼の時などどうしてもみんなから遅れがちになってしまうし、冬なんかは、足の裏ではなくお尻が地面についているので、身体に直に冷たさが伝わってきます。他の先生がさすがに、「可哀そうだから、せめて冬だけでも車椅子にのせて上げたらどうですか?」と言ってくださったそうです。しかしやはりその先生は、「今だけ彼を甘やかすことはいくらでもできるけど、本当にそれが彼のためになるのだろうか」と、他の先生の話をつっぱねたのです。一見、それは非情にみえるかもしれない。けれど、先生は当時の僕とだけではなく、将来の僕とも向き合ってくれたからこそ、厳しい態度で接することが僕のためになるだろうと考えてくださったのだと思います。

 去年の10月に4週間教育実習を体験しました。小学校二年生を担当しましたが、低学年の子どもというのは本当にかわいいのです。まだ小学一、二年生だった僕を相手にそこまで厳しい態度で向き合ってくださったというのは、よほどの覚悟がないとできないと実感しました。多分、先生ご自身もつらかったと思います。自分が教育実習生として実際に子ども達と接してみて、先生がいかに偉大だったかということを強く認識させられました。

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