(第22回)<大林宣彦さん・後編>50年後の子どもたちに伝える映画を作る

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●50年後の子ども達にみせる映画を考える

 今度新しく作った『転校生』という映画は、長野の人たちから「50年後の子ども達のために映画を作ってください」と言われ作りました。そんな依頼は初めてです。そんなものを作れるかどうか自信がないですが、一方で、「待てよ、50年後も子どもが映画を見てるか、子どもは生きているか、日本はあるのか」と、そう考えたら真剣に半分はノーと言わなければならないでしょう。50年後の子ども達というのは、今僕たちがどういう世にするかで、彼らの生き方が決まる。僕が映画を作ることで、そういう時代をたぐり寄せるための一役を買わなきゃ、今生きている意味がないな、と。

 僕らの社会は高度経済成長期から本当に変わっちゃった。映画だってそうです。子ども向き、大人向き、昔はそんなのなかった。老若男女、貧富の差、宗教の差、まったくかえりみず、映画はみんなで観るもの。ということは100人いれば、100通りの映画があるのが常識だった。今は、100人いたら100人が同じようにおもしろがり、同じテーマを観なきゃ映画じゃないという時代になっちゃった。そんなことはあり得ないから、子ども向き、大人向きとターゲットを決めるようになり、経済はターゲットを決めて成長したわけです。僕らの生活は各論じゃなくて総論ですから、今僕たちは総論で考えなくちゃいけない。今日の学校教育の問題についてもできるだけ総論のなかで答えたい。学校教育だけよくなるわけがない。すべてのことが全部揃って、整って、よくなっていくわけですからね。

●ナンバーワンから、オンリーワンの社会へ

 文明、経済からは学べない。文明と経済の社会はナンバーワンだけど、文化芸術はオンリーワン社会。文明と経済はファーストライフ、文化芸術はスローライフ。さらに温故知新。こういうことは常識になっています。しかしシステムだけはまだ残っている。教育界だけでも、このシステムを取っ払ってもらったらいいなと僕は思っています。悔しいけど、ゆとり教育はそのきっかけだった。もう一度やったっていいんです。
 システムを変えるだけ。難しい時代だけど、人間がしっかりしていれば、よくなると思います。特に子ども達は生まれつきそうだから、大人が邪魔をしない。頼むから大人が邪魔をしないで欲しい。

 僕の親父は明治の生まれで、96歳で死にましたが、死ぬ時に僕をまじまじと見て言いました。
「わしらがお前にできたことは、丈夫に一生走るだけの機関車としての栄養分を与え鍛えたことだ。でも決してお前の人生の線路は敷かなかった。線路を敷くのはお前だ。お父さんの自慢はよく走る機関車としてお前を育てたことだけで、お前が敷いた線路は自分で走ってくれているから、お父さんの人生も広がったわ」
 そう言って死んでいきました。
 今の大人は、子どもの線路ばかり敷いて、肝心の機関車はひ弱だったりする。昔は、ものがない時代だけど、栄養分に気を使い、どちらかというと嫌いなもののほうを一所懸命とらせてくれました。今は情報編食時代。人間って好きなものしか選ばない。僕らの頃は、情報がないから、嫌いなものからも選ばなければならない。そんな時代でした。
(取材:田畑則子 撮影:戸澤裕司 取材協力:クリーク・アンド・リバー社

大林宣彦<おおばやし・のぶひこ>
1938年、広島県尾道市出身。個人映画作家。
成城大学文芸学部中退。TVCM制作に携わりつつ、1977年に公開された『HOUSE/ハウス』で劇場映画にも進出。以降、主な作品に、故郷尾道で撮影され多くの映画ファンに親しまれた尾道三部作、『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』をはじめ、『ねらわれた学園』『天国に一番近い島』『漂流教室』など。
2007年夏から劇場公開の作品に、『22才の別れ Lycoris 葉見ず花見ず物語』『転校生 さよならあなた』がある。著書も多数。
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