(第17回)人の死の扱われ方・その1

山崎光夫

 死はいつ訪れるかわからない。そのわからない死に医者は付きあっている。
 以下は、わたしの友人医者の最近の体験--。

 日付が変わろうかという深夜の時間である。突然、診療所の電話が鳴った。相手は消防署の救急隊員である。
 「患者さんが倒れました。診てもらいたいと家族の方がいっています」
と切羽詰まった声で訴えている。
 老齢の親が倒れて家族は動転し、119番通報したが、救急隊員にかかりつけ医の有無をたずねられて、医者を呼んだのである。
 医者はすでに寝床に入っていたが、十年来の患者である。着替えて車で駆けつけると八十二歳の女性患者は虫の息だった。狭心症で永年薬を飲んでいる。聴診器を当てると間もなく息をひきとった。
 「ご臨終です」
 医者は患者の死を家族と救急隊員に伝えた。救急隊員はそのまま消防署に戻った。
 何の変哲もない死の様相だが、ここに微妙な問題が隠れている。

 友人医者は、
 「よかった」
 間にあってと安堵したという。
 その高齢の女性患者を十年来診ているが、ここ数日は外来に来ていなかった。すなわち、24時間以内には診察していない。ここが問題視される。
 人の死は医師の発行する「死亡診断書」によって社会的に認知される。この紙切れ一枚がないと、葬式は出せないし、火葬にも付せない。埋葬許可もおりず、生命保険も払われない。
 人が死を迎えた場合、そこが病院なら自動的に担当医によって「死亡診断書」が発行される。問題は、自宅を含めた病院外での死亡や、24時間以内に医者にかかっていなかった時である。家族を含めた関係者は警察に届ける義務がある。

 友人医者が、
 「間にあってよかった」
 というのは、生きているうちに現場に着いて診察できた点を指している。よく知った患者だから死因も想定内にある。すみやかに「死亡診断書」が発行できる。
 だが、もし、医者が家に着く前に死亡していたなら様相は違ってくる。救急隊員は死体を運ばない。また、24時間以内に診察していないので、医者は警察に届ける必要が生じる。

 届けを受けた所轄の警察署がやって来て調べに入る。警察はこの高齢の女性患者を、死亡の原因がわからない不審な“変死体”(不自然死)として扱う。
 わたしの友人医者の出番はなくなり、帰宅するしかない。
 この現場にやがて、監察医、あるいは警察から委嘱された医者(警察医)が呼ばれて死体を観察する。
 その結果、事件性がないと判断した場合、「死体検案書」(「死亡診断書」と同じ)が発行され、はじめて葬式が出せるようになる。
 だが、人の死は外見を診ただけではわからない。病死だと思ったのが、薬物による他殺だったという可能性もある。保険金を狙った犯罪はどこにでも潜んでいる。

 勢い警察も慎重になる。解剖して死亡原因をはっきりさせる必要が出てくる。そこで死体は行政解剖に付される。東京都内の場合、監察医務院(東京都福祉保険局所属)に運ばれて解剖され死因を究明してのち、遺体は遺族に返される。日本中が高齢化と独居化が加速している今、救急車の出動回数はウナギのぼりに増え、不自然死扱いのケースも激増している。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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