(第22回)<大林宣彦さん・後編>50年後の子どもたちに伝える映画を作る

(第22回)<大林宣彦さん・後編>50年後の子どもたちに伝える映画を作る

●子どもの話は急かさずじっくり待つ

 NHKの「わかる国語」という番組の先生役をやりました。学校の授業の教材に使ってもらおうという15分番組で、20冊の本を題材に選びます。僕は当然自分が子どもの頃に感銘を受けた本を読ませたいと思い、芥川龍之介や宮沢賢治などをあげます。すると、「ちょっと待ってください。今、そういうものを選ぶと、この番組を使ってもらえません」と言うのです。なぜか。それは、先生方が読んでいないからです。それなら、先生方が読んでいるのはどういうものかというと、子ども達に人気のものは先生も読むということでした。いろんな本を読んでみて、それはそれで面白かったのですが、半分は僕が選んで、半分は教えてもらった本を選ぶということにしました。

 「わかる国語」というのは、小学校の5、6年生を7、8人スタジオに呼び、彼らと本を読んで語り合うという番組です。15分の番組ですが、収録には2時間かかる。その理由は、子どもに質問したときに、決して急かさない、彼らから答えが出るまでじっと待つということをいつも心がけているからです。

 たとえば、5年生が8人います。そうするとやっぱり今の子どもだから利発な子がいて、すっと手が挙がる。それも、こういう場所でこういうおじさん向けという、理想的な答えをする。それはそれで素晴らしい。一方で、何を聞いても答えがなかなか出ない子がいます。僕は一言聞いて、5分でも10分でも待つ。最初に話し出した子は、僕に目配せをします。「だめだよ。待っていたって。学校でもいつもそうだよ。答えられないよ」ってね。でも、僕はじっと待つ。そうして、その子が10分してようやく話しだすとすごい答えなのです。すると、最初に答えた子が青ざめます。彼からみてもそれはすごい答えなのです。2週目も同じ子ども達です。すると、先週、出始めからハイハイと言っていた子どもが、何も言わなくなって。10分かけてようやく話し始めた子どもがどんどん答え始めるんです。2時間経って収録が終わって片付けをしていると、ハイハイと言っていた利発な子がやってきました。
「先生、僕の名前わかりますか?」

 番組中は名札をつけているのですが、もうそのときは名札を外しています。僕はスタッフや子どもの名前は覚えるように努力していますから、名前を呼ぶと、嬉しそうな顔をして帰っていきました。
 このとき、ぞっとして、油汗が出ました。先生が僕の名前を覚えていてくれたら、僕はここにいる。先生が僕の名前を覚えていてくれなかったら、僕はここにいなかったんだ、と。そう自分のアイデンティティを決めていたんでしょうね。もし僕が答えていなかったら、あの利発でてきぱきと答えていた子が、恐らくこれから、大人も信用しない、自分も信用できない、学校を辞めていくような子になっていくのではないか、と。多分、利発な子と言われてきた子どもが歪んできているというのには、そういうことがいっぱいあったと思うのです。利発な子はわかるから。こういう大人の世界じゃ、明日がないとなると自暴自棄になってしまう。そういった意味でぞっとしましたね。

●読み方は読む人の数だけある

 さてその授業の内容はというと、たとえば宮沢賢治を題材に使ったときのことです。宮沢賢治は若くして亡くなったから、初版は完璧に校正されていません。だから、5行も6行も7行も句読点がない。再販されたものは編集者が後で入れたから読みやすくなっている。でも、僕はやっぱり初版のものを使いました。
 6行も句読点がないから、宮沢賢治の文章は下手かと聞くと、宮沢賢治を知ってるから子ども達は文章が下手だとは思わない。「じゃあ、こういう文章を学校で書いたらどうなる」と聞くと、「いやそれは先生が赤ペンで句読点をつけてくれる」と答えます。

 僕は、新聞で原稿を書いている。あの短い文章でも、3行続くと長いから句読点を入れてくださいって言われる。今は情報社会だから、句読点がたくさんあるほうが読みやすくてわかりやすくていいんだよな、と。じゃあ、宮沢賢治は、どう読むんですかね、と聞いたら黙っちゃったのです。10分くらい経ってその子が答えた答えというのは、 「この文章は、句読点がないので、読む人それぞれが自分の気持ちで句読点をつけていきます。だから10人それぞれの違う物語になります。そこが面白いんじゃないでしょうか」。
「君、どうしてそう考えたの?」
「私はいつもそう考えています。けど、学校でこういう答えを出すと叱られる。答えはひとつだと。でも、大林先生を見ているとこういう答えでもよいかなと思い言いました」
「それが本当の答えだよ。今、文学の評論家だってそういう風な答えはできない。文学の素晴らしさ、芸術の素晴らしさは、ナンバーワンじゃない。今でいうオンリーワン。それぞれにさまざまな答えがあるということを学ぶのが芸術の素晴らしさであり、今の時代は経済と政治の論理で進んでいるから、その中では答えはひとつなのだよ。今後自分だけの考えで読んでいいんだよ。それと同時に自分とは違う考えの人たちのことを認め合い許し合っていけば、お互いにオンリーワンなのだよ」。
 スタジオに来ている先生や保護者もこの話にやっぱり感動しておられます。学校へ戻ってもそうしましょうと言ってくださるのですが、システムの中でどこまでできるかはわかりません。

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