(第20回)<大林宣彦さん・前編>落とし穴に落ち続ける校長先生から学ぶ

(第20回)<大林宣彦さん・前編>落とし穴に落ち続ける校長先生から学ぶ

今回は、多くの映画作品を生み出し、幅広い層のファンに親しまれている映画監督の大林宣彦さんのお話です。
 戦争を体験され、激変する日本を生きてきた中で、「身近にいる大人」が、当時の子ども達に生きる希望を与えてくれたと振り返る。
小学生の頃、落とし穴作りに精を出し、中学生の頃、ショパンになりきり、トマトケチャップをグランドピアノに吐き散らし演奏した…どんな時も大人は叱らずに子どもを諭し「教育」してくれた。
 今、映画を通じて子ども達と接して感じること。真の「ゆとり教育」とは何かを語っていただきました。

●自分の過ちを子どもに謝られる先生

 僕は今、69歳、もうじき70歳になるじじいですがね(笑)、60何年覚えている、忘れられないことがあります。

「んすせもひゑしみめゆきさあ…………………………とへほにはろい」

 これは、何かというと、「いろはにほへと」を反対から読んだものです。言葉を覚えるなら「あいうえお」で十分です。しかし、「いろは」という文字に込められた工夫や知恵や痛みや哀しみや誇りを全部なくしてしまうということは、「言葉さえ覚えればいいだろう、それなら、英語を覚えた方がグローバルだろう」となるわけで、これはもう僕はまったくの間違いだと思っています。

  その文字を見ると、「いろはにほへとちりぬるを」……色が匂うと読めるのですね。当時はお芋さんやお豆さんが僕たちの主食であり、おやつでしたから、大人も子どももよくおならをしていた。当時の文化です(笑)。おならが臭うのはよくわかるのですが、色が匂うというのはよくわからない。でも、確かにクレヨンの匂いを嗅ぐと匂うし、桜の花びらの匂いを嗅いでも、いい匂いはする。これを大人は色は匂うとするのかな、と考えました。

 わからない時は大人に聞けばいいというのが、当時の子どもの生きる道ですから、「はい、先生」と手を挙げて、「色は匂うと読めますが、この言葉の中にはどういう意味があるのですか」と聞きました。すると、先生は恐い顔をされるのです。
「確かに、この47の文字は無意味ではない。しかしそれを君たち子どもに教えてもわからないから、今はそういうことは教えない。お前達は黙ってこの言葉を覚えなさい」。と、そんな風に言われると、子ども心に悔しくて。知らないことを聞いて、なんで、こんなに怒られなければならないのだろうと。叱られる理由は何もない。でも当時は先生の仰ることに反抗はできないですから、じい~っと黙って黒板を見ているうちに、後ろから覚えちゃったんです(笑)。子どもなりの反抗だったのでしょう。子どもってすごいですね。

 翌日、その授業になり、「皆さん、覚えてきましたか」と、いろは順に名前があてられて、みなさん「いろはにほへとちりぬるを……」と読み上げていきます。いよいよ僕の番が来て、「大林君」「はい、先生!」ということで、「んすせもひゑしみ…………」と読み上げたら、先生は昨日よりも赤い顔、いや青い顔になって怒り出されて、「どうして大林、そんなふざけた読み方をするんだ」ってね。

「先生、もしこの言葉に意味があるのならば、頭から覚えなければなりませんが、意味がないのであれば、後ろから覚えても同じはずだし、僕にはそのほうが、人と違う覚え方だから、楽しいし、楽しいからより覚えられるし、黒板には後ろから書けばみんなと同じになるし、どこがいけないのですか」。
 今、僕は大人ですから、整然と答えましたが、当時は子どもですからしどろもどろで、泣きじゃくりながら答えたでしょう。その間、先生はず~っと黙って、僕の顔を見ておられましたが、私が語り終えた途端にドーンと教壇に頭をぶつけて、見る間にたんこぶができてね。

「なるほど、大林君。実は先生は昨日ね、君にこの言葉の意味を聞かれても知らなかった。大人であり、先生である自分が子どもの質問に答えられなかったことが恥ずかしい。その恥ずかしさに耐えることができなくて、ついつい君を怒鳴りつけてしまった。それは先生が間違いでした。世の中には、子どもだからわからないということはひとつもありません。実はそれは子どもにわかるように言葉を上手に使って説明してやれる大人が少ないということです。先生もそういう間違った大人になるところでした。大林君のお陰で先生は気づきました。先生も知らないこの言葉の意味をみなさんも一緒に勉強しましょう」。
 僕たちだって恥ずかしいからごまかすということを年中やっている。でも僕たちはそのままにしてしまうけど、先生は自ら謝って反省された。先生は勇気のある素晴らしい人だと尊敬しました。
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