【和地孝氏・講演】不確実性時代の成長戦略(中編)

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●品質や生産技術を維持するには人を大切にして育てる体制が必要

 体質の壁を変えるにあたり、私は経営に三つの柱を入れました。それが「人を軸とした経営」「アソシエイト経営」「グローバル経営」です。今日は時間の関係がありますので、「人を軸とした経営」のみをお話しさせていただきたいと思います。

 「人を軸とした経営」を大きく分けますと、まず「人を大切にして育てる経営」、2番目は「人はコストではなく、資産である」ということを明言する。3番目に、「人の心に火をつける」。この3点です。
 人を大切にして育てるという体制は、日本の精神風土、あるいは精神土壌にマッチする経営の鍵だと思っています。ましてや日本のメーカーにとっての生命線である品質や生産技術の高さを維持するには、こうした人を大切にして育てる体制がないとできません。
 一つだけ例を挙げますと、私どもは、注射器を甲府の工場で作っています。またアメリカはメリーランドの工場で、ヨーロッパはベルギーの工場で作っています。そのほかフィリピンや一時はオーストラリアでも作っておりました。すると、国によって出てくる品物が違うのですね。注射器は、ほとんどが全自動で作られます。それなのに出てくる品物が品質的に違うのはどうしてかということを、私は甲府の工場長に聞きました。彼が言うには「いや、そうですよ。我々は人が機械を使ってものを作っているんだ」と。「彼らは機械がものを作っている。その差だ」ということでした。
 さらに詳しく聞いてみると、「我々はいいものを作ろうと思っているから、一生懸命改善改良する」という。工場は全自動ですから、トラブルがあると異常警報装置が鳴ります。ところが「警報が鳴るずっと前に、1000分の1の誤差も肌で感じて見抜く」と彼は言うのです。「だから、そこで手当をすればいいものはできる。しかも、マニュアルに書いてないノウハウが蓄積されているから、よくできる。彼らは、異常警報装置が鳴ってから手当をする。製品に差が出るのは当たり前ですよ」と言っていました。
 まさに私は、これが日本のモノづくりの一つの大事な点だと思います。逆に言うと、そういう人たちが明日クビになるなど心配していたら、ノウハウをためようとか、あるいは1000分の1の誤差に気付くとか、そういう努力が無くなってしまうのではなかろうかと思います。

 繰り返しになりますが人はコストではなく資産だと私は思います。各会社にいろいろな事情があると思いますが、一昔前のこういった不景気のときは、経営者は人を切ることを最初に考えなかったはずです。人を教育する時期だととらえたはずです。QC運動なども不景気のときに出てきていますね。ですから、先ほども言いましたように、私は甘やかしているわけではなく「社員が頑張ってくれれば、うちの含み資産がどんどん増えるんだ。でも、サボッていたら負債が増える。だから頑張ってくれよ」という話をしておりますし、こういうことを明言すると、優秀な人材が流出するということもなくなりました。一時はテルモを辞めようか、テルモに辞めさせられるか、などが日常茶飯事の話題でしたけれども、そういう話題も無くなりました。

 次に「人の心に火をつける」ということですが、やはりリーダーは人の心に火をつけないとどうにもなりません。要するに人の心を動かさなきゃならない。それはどうすればいいのか。お金でインセンティブをつけるなどいろいろとありますが、私はリーダーが決断すること。願望ではなくて決断をすること。これを要請しております。「ああしたい、こうしたい」というのは、リーダーではなく、フォロワーです。しかし「こうする」と自分に言い聞かせると変わってきます。部下も気付きます。話せばもっと分かります。そういう点で私は「決断をすることがリーダーの要件だ」ということを言っております。
後編に続く、全3回)

[当講演は2009年4月24日に開催されました]
和地孝(わち・たかし)
テルモ株式会社代表取締役会長。
1988年(旧)富士銀行取締役。89年よりテルモに入社し常務取締役に就任。93年に代表取締役専務、企業改革の実行役として94年に代表取締役副社長、95年に代表取締役社長を務める。2004年、現職に就任。
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