「豊かな国と貧しい国の間で真の競争激化は見られない」−−ジャグディシュ・バグワティ コロンビア大学教授

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なるほど中国とインドの力は強まってはいるが、豊かな国の賃金にそれほど大きな影響を及ぼすものではない。私の出身国であるインドを含めて途上国の人々は、50~60年代当時、「米国のような豊かな国とは競争できない。わが国の労働者は栄養不良だし、資金不足でインフラも整っていない」とぼやいていた。

クルーグマン自身も『Foreign Affairs』誌の中で、競争力に関して言及している。賃金の開きが大きくなりすぎた場合には、為替相場を調整しさえすれば正常に戻すことができる、と主張しているのだ。しかし、中国が人民元の引き上げを拒んでいる以上、この通貨調整メカニズムは機能していない。

--クルーグマン教授は、今や米国の輸入の大半が低賃金国から来るようになったため、自由貿易の費用便益(コスト)は変質した、と主張していますが、実際にはそう見ていない、とあなたはお考えですか。

クルーグマンはその主張に裏付けを与える仕事をしていない。数日前にコロンビア大学にやってきて、データはないがそう考えている、という内容のことを言っていた。私のほうは、低賃金国からの輸入が、たとえばGDPの3~6%へと拡大しているものの、賃金への影響はないというモデルを、さまざまに提示できる。実際には、低賃金国からの輸入は、GDPに占める割合として拡大してきたが、劇的に増大したというほどではない。

--実質賃金低迷の原因が貧しい国々との貿易にあるのではないのなら、原因はどこにあるのですか。

貿易が問題であることは間違いない。ただし、豊かな国々の間での貿易が問題なのだ。スキルの高い労働者についてはあまり心配していない。スキルが高度化した社会ではつねに新たな仕事が生まれてくる。混乱はあっても対処することができる。

問題は、二つの点で変化が起こり、低スキル・低教育の労働者に影響していることだ。

一つ目としては、技術が急激に変化し続けていることだ。今日の組み立てラインは自動化が進んでいる。労働者の解雇が続き、一部の仕事は消滅している。今日では、さまざまな職が失われ、スキルが要求され、スキルの低い人々には圧力がかかるようになっている。

標準的なモデルでは、技術が生産性を向上させると、まず労働者の解雇が起こる。しかし、これに続いて、技術の進歩が経済の発展を促し、雇用が増え、当初失われた職よりも多くの新たな職が生み出されるようになり、しかもこれらの職は以前の職よりも高賃金だろう。

これは、まず下がって、その後上昇に転じる「Jカーブ曲線」だ。そこで、最終的には労働者は敗者とはならない。ところが、変化の到来が急激で労働者の解雇が繰り返し行われると、「J」カーブの下降局面が長引くことになる。改善の傾向が表れて「J」カーブの上向きの部分に達するまでに、長い時間を要することになりかねない。

二つ目としては、職の脆弱性があり、これには貿易が関連してくる。今日、先進国の間で競争が活発化し、激化している。かつては、たとえば賃金を低く抑えるなどといった他国の国内の動きを、別の国の人々が懸念することはなかった。このようなことは当該国の国内政治問題であり、貿易とは無関係だと考えていた。ところが今日では状況が異なる。

多くの国々が貿易に参加するようになり、輸送費も、通信費も低下した。このような状況下で企業のCEOたちは、誰が追い上げてきているのかを見極めるために、つねに背後に目配りするようになった。人々の活動の場に平準化の圧力がかかるので、競争が激しさを増し、国内政治の問題が貿易問題になる。 

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