(第16回)防御の時代・その2

山崎光夫

 配送業者のあいだに、「防御運転」なる言葉がある。事故をもらわないために、前後左右に目を配る運転法をいう。
 昨今、マナー違反の車が多すぎる。急停車、割り込み、信号軽視は日常茶飯事。さらに、対向車線からの車の突っ込み、後続車の追突、未熟ドライバーの乱暴運転、オートバイの暴走、自転車や歩行者の不良通行…、こうした危険に巻きこまれないようにするのが防御運転である。

 最近目にあまるのが、携帯電話がらみの事故。携帯に夢中になっている若者が横断歩道でもメ−ル打ちをやめず、赤信号に気づかず渡ってくる。また、自転車に乗りながらの携帯メ−ル打ちで車に突っ込む。こうした事故は後を絶たないが、運転者のほうが、前方不注意で必ずといっていいほど罰を受ける。かくして、プロドライバーは「防御運転」を励行する。

 あらゆるホテルの部屋に消毒液が常備されていた。
 これはこのたび取材で出かけた九州での体験である。実際、どのホテルの洗面所にも消毒用手洗い石けんが置いてあった。別にうがい液が設置されていたホテルもあった。
 新型インフルエンザの対抗措置である。予防、防御である。
 マスクをかけるのも防御、うがいを励行するのも防御、消毒液を設置するのも防御。
 ワクチンを接種するのももちろん防御である。国はワクチンを生産し、治療薬を備蓄する。国も防御である。
 防御、防御の時代である。

 ただ、ワクチンの場合、ワクチンを接種しても、接種される側の体調によって無駄が生じる。過労、心労、暴飲暴食などがあれば、ワクチンが生着しない。当然、予防の効果は薄れる。
 基本的には抵抗力のある人体にインフルエンザは侵入できない。あの世界に猛威をふるったスペイン風邪ですら、人類を滅亡させられなかった。ヒトは地球最強の生き物なのである。
 だが、仕事疲れ、食べ疲れ、遊び疲れ、飲み疲れ、運動疲れ、気疲れ、……こうした疲れがインフルエンザを侵入させる。インフルエンザに対する最大の防御は、体調の管理に尽きる。病気は自分で防御しなければならない。

 健康のための防御に検診がある。
 「防御運転」ならぬ、「防御検診」ではないかと思えるのが、例のメタボ検診(正式には、特定健康診査)である。
 このメタボリックシンドローム検診、「生活習慣病」なる言葉に連動して出てきた感がある。それまでは、「成人病」と一括していわれていた。

 生活習慣病の言葉から受けるイメージは、悪い生活習慣で日常を送っていると病気になりますよ、という内容だ。
 生活習慣病の代表といわれるのが、肥満、糖尿病、高血圧症、高脂血症などである。
 すると、こうした病気にかかると、
 「あなたの生活習慣が悪いからこうなりました。ですから、治療のための薬代は全額自分で払ってください」
となる。生活習慣を変えるだけで治るなら病気とは見なされないので健康保険は利かない。つまりメタボ検診は医療費削減を想定した計画の一環とみられる。「成人病」という言葉を使わなくなった真の目的はこんなところにあった。
…という話をこの道、三十五年のベテランの内科医にきいた。

 その内科医が危機感を持っている。将来、一般内科で降圧剤が処方できなくなるという。各科の専門性が高まり、たとえば、降圧剤は循環器内科、しびれのための神経薬は神経内科でしか処方できなくなるらしい。
「生活習慣病」という一見さりげない表現は、国家財政を圧迫している医療費の膨脹を抑えるために、厚労省の官僚があみだした防御策なのかもしれない。官僚も防御している。
 世は防御の時代だ。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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