EU離脱か残留か、イギリス国民投票の衝撃度 離脱のリスクを過小評価してはならない

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1985年にEUの前身である欧州共同体(EC)を離脱したグリーンランド(デンマークの一部だが高度な自治を有する)のケースでは、協議に3年近くの月日を要した。国民投票で離脱派が上回れば、キャメロン首相が退陣し、保守党内の離脱派が後継首相に就任する可能性が高い。再選挙による政治空白もEUとの離脱交渉の時間をタイトにしよう。

離脱投票後の金融市場の動揺やその後の深刻な景気後退を受け、英国内で離脱の再考を求める声が高まるかもしれない。また、EUとの離脱協議の過程で、EU側が英国政府にさらなる譲歩案を提示する可能性もある。こうした場合、英国内で改めて国民投票を実施することもありえ、再投票で残留派が上回ればEUに対する離脱の意向を撤回することも考えられる。ただ、離脱投票後の政権は離脱派が率いている可能性があるので、国民投票の再実施がすんなり決まるとは限らない。

金融市場が動揺し、景気が後退する恐れ

英国のEU離脱が現実味を帯びれば、英国に進出する日本企業も事業配置の再考を求められる。英国は日本企業にとってドイツと並んで欧州で最大の進出先の1つだ。ただ、英国はEU市場の足掛かりとしてばかりではなく、英語圏、日本人職員の生活基盤が整っている、豊富な人材、地理的利便性、中東やアフリカ諸国との結び付きも強い、情報収集拠点、高い技術力、製造業の人件費が多くの大陸欧州諸国と比べて割安、参入障壁が低い、政治的な安定性など、様々な観点から進出先としての魅力を有している。

また、英国とEUとの貿易面での結び付きは強く、離脱後もEU諸国との間で何らかの形の自由貿易協定を結んだり、EUの単一市場に参加する地位を獲得する可能性が高い。これにより英国はEUの進出拠点としての地位を維持することができ、他方でEUの対英貿易収支は黒字のため、EU内の輸出企業の多くは無関税で英国に輸出できるメリットを享受し続けられる。

こうしてみると、英国民投票で離脱派が上回った場合の最大のリスクは、金融業を巻き込んだ世界的な金融市場の動揺や景気後退の引き金になる恐れがあることだろう。

田中 理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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たなか おさむ / Osamu Tanaka

慶応義塾大学卒。青山学院大学修士(経済学)、米バージニア大学修士(経済学・統計学)。日本総合研究所、日本経済研究センター、モルガン・スタンレー・ディーン・ウィッター証券(現モルガン・スタンレーMUFG証券)にて日、米、欧の経済分析を担当。2009年11月から第一生命経済研究所にて主に欧州経済を担当。

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