ワインの近代化 その1 その背景:科学の発展《ワイン片手に経営論》第10回

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 ビジネススクールでは、多くのケース・スタディーをベースに、経営の成功要因などを議論しますが、そこから出てくる結論は、常に万能というわけではありません。多くの場合は、ある特定のファクトを取り上げますが、それ以上のファクトを集めようとするとあまりにも複雑になってしまうからなのです。例えば売上増加要因ということ一つとってみても、厳密にはあまりにも多くのパラメータが存在し、真の姿を捉えることは非現実的です。その結果とられるアプローチが、「戦略的な思考」によって、ものごとを大きな構造で捉えて、8割のファクトをもって「真」に違いないと判断したりするわけです。

 わたしは、現在経営コンサルティングを生業としていますが、そのアプローチは、現場への経営科学的手法の適用であると考えています。しかし、そこには自然科学並みの厳密な証明論はなく、ほとんどの場合8割程度の確信から一歩を踏み出していくことが求められます。そもそも、経営科学において、自然科学で言うところの、客観性、再現性、観測可能性といった基盤は薄弱です。

 このように科学という学問は、ハンディを背負いながらも果敢に社会、人文科学領域に対象を広げていっていると言っていいと思います。ビジネスにおける「仮説・検証」という言葉は、あくまでも社会科学レベルの曖昧さを残した話であり、最終的な意思決定の場面では、そこに存在する曖昧さに対して経営者は価値観、人生観を発揮しなければならないのだと思います。それはビジョンであり、経営理念とも表現されます。

 科学はレンズの発明によって、多くのことを分解観察できるようになり、多く自然現象を明らかにしてきましたが、現在は、もはやいくら分解してもそれ以上のことが簡単に分からないところまできていること、そして、数世紀にわたる時代の流れの中で、自然科学から社会科学まで対象を広げ、その検証の困難さに挑戦していることを綴ってきました。

 今回ご説明したように科学は17世紀ごろから大きな発展を遂げるのですが、中世まで何千年と続いたワインの世界も、当然、科学という学問の対象となりました。そして、ワイン造りの技術に対して科学は大きな貢献をしています。科学は、ブドウ栽培時の病気の予防や品質向上といった重要な課題を解決してきたのです。そして、この科学こそが、現在のワイン業界で起きている大きな変動の張本人なのです。次回は、ワインと科学の関わりを具体的にご紹介いたします。

*参考文献 
宮崎正勝 『世界史を動かしたモノ事典』 日本実業出版社
ビバリー・バーチ『パストゥール』偕成社
ジェラルド・L・ギーソン『パストゥール 実験ノートと未公開の研究』青土社
新村出編『広辞苑 第六版』岩波書店
『新漢語林』大修館書店
《プロフィール》
前田琢磨(まえだ・たくま)
慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。横河電機株式会社にてエンジニアリング業務に従事。カーネギーメロン大学産業経営大学院(MBA)修了後、アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社入社。現在、プリンシパルとして経営戦略、技術戦略、知財戦略に関するコンサルティングを実施。翻訳書に『経営と技術 テクノロジーを活かす経営が企業の明暗を分ける』(英治出版)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2009年6月16日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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