「女性向けアダルトビデオ」の幻想と現実 肉体を男に触れられないヒリヒリとした欲求

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これもまた多くの人が言うように、女はそもそも視覚であまり興奮しない。男風呂にふらっと女性が全裸で登場すれば興奮の嵐であるが、女風呂に男がふらっと全裸で登場したところで変質者扱い以外に何か感想をもたれることすらないであろう。

男なんかよりずっと想像力が逞しい女という生き物は、声や匂いやしぐさに興奮することこそあれ、いい男を見て抱かれることを夢見ることこそあれ、彼の裸を観たいとかあまり思わない。別に想像の中で脱がせたらいいし、1の情報から100を引き出す私たちは、少女漫画程度の描写で十分に興奮できる。

つまりは、恋愛ストーリーやイケメンは好きであっても、私たちにとってはそれは別に“月9ドラマ”でよくて、AVである必要はそれほどない。大体、男の裸体やセックス時の動きというものは、妄想の中で美しくあっても実物はわりと汚かったり滑稽だったりする。白肌むっちりのAV女優の肉体を愛でるオトコとの違いはそこにもある。

私はだから女性向けAVの登場それ自体が、女性にAV鑑賞と自慰の愉しみを教えたというより、「女がAVを見ながら興奮してオナニーしている」という具体的事実を目の当たりにした男たちの心をくすぐった、くらいに思っていた。女性向けAVではなく、女性向けAVの存在にムラムラっとくる男向けなんじゃなかろうかと。

どのような人がファンなのか

そんな斜に構えた、しかしそれなりに真実かと思われる私の偏見は、今は廃刊となった女性向けアダルト雑誌の編集をしていた友人R子の助言により、やや軟化した。「だって少なくとも私が今まで出会ったオンナノコで、女性向けAVを愛用しているとか常習しているとかっていう人はいなかったよ?」という私に、彼女は諭す。「それはある意味真実。現役の恋愛とセックスしているイケてる女子たちがわざわざ知り合いでもない男のセックスなんか見ても困る。でも、サイトの会員は実際にいて、人気エロメンを特集すれば雑誌宛てにファンレターがくるのよ」。

彼女がこっそり保存していたファンレターのコピーを見てみると、「死ぬまでに一度あなたとセックスしたい」だとか「◯◯という作品のクチビル使いは絶品でした」だとか書かれた熱烈なものであった。数百本もあるその男優出演作を8割はコンプリートしたなんていうなかなかのファンっぷり、地方に暮らしています、という彼女の年齢は51歳。もう一通の差出人は35歳の処女。こちらもまた作品の批評などが詳細に書かれている。R子いわく、人気男優のファンはツイッターやファンサイトで交流しているし、読者プレゼントにも多くの応募があったと。

私の想像の一側面はやや裏切られ、女性向けAVは確かに存在し、女性向けAVを鑑賞する女の存在もまた、現実のものであって男の妄想上のものではなかった。ただし、一側面では私は正しく、それこそ『an・an』の読者も含めた、多くの男のセックスの対象になるような女性がAVをオカズに自由にAVの自慰シーンさながらのオナニーをしている、という新しい時代の風など吹いていない。女性向けAVは、肉体を男に触れられない女性たちのもっとヒリヒリとした欲求に応えているようで、そういった意味ではやはり、女性向けAVを喜々として報道する男の妄想は裏切られているのである。

鈴木涼美(すずき すずみ)/作家。2009年に東京大学大学院学際情報学府修士課程を修了。2014年に5年間勤めた新聞社を退社。同年、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎)を刊行した
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