国宝を守らなければ「年金・医療」はもたない イギリス人アナリスト、「文化と経済」を斬る

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詳しくは拙著『デービッド・アトキンソン 新・観光立国論』(東洋経済新報社)をお読みいただきたいのですが、観光業は世界で第4位の基幹産業となっています。国連のデータでは、1950年の国際観光客は約2500万人でしたが、2014年は11億3300万人にもなっているのです。

また、さまざまな産業が衰退していくなかで、ますます大きく成長していく業界とも言われており、2030年までには国際観光客が18億人に増えると予想されています。

そんな右肩上がりの観光産業ですが、日本の潜在能力は、いまだにフルには発揮されていません。ということは裏を返せば、ものすごい「伸び代」があるということでもあります。インフラやサービスが成熟している日本において、観光業は成長産業なのです。また、消費者が減少していく国内市場を考えても、余ってくるインフラを使ってもらうために海の向こうから消費者を呼んでくるのがもっとも合理的な選択肢です。この観光業によって、社会保障制度をかなり支えることができるはずです。

しかし、この「観光立国」実現には、大きなハードルがあります。そのひとつが国宝をはじめとする文化財です。外国人観光客は、「爆買」のためだけに日本にやってくるわけではありません。みなさんが海外旅行をした際と同様、外国人観光客も「文化財観光」に魅力を感じているのです。日本は今まで観光戦略を重視してこなかったので当然ですが、文化財が観光資源として整備されていないのです。

「観光立国」に貢献できる文化財にするにはどうすればいいのか。文化財行政をどのように転換すればいいのか。本書で詳しく述べていきたいと思いますが、その前にひとつ断っておきたいことがあります。

ありがたい文化財を「観光の目玉」にするような提言に、なかには拒否反応を示す方もいらっしゃるかもしれませんが、その際に考えていただきたいのは、これは社会保障制度の問題でもあるということです。

文化財の観光資源化を認めないということは、医療費の負担増や年金のさらなる減額を受け入れるということでもあるのです。これは極論でも何でもありません。欧州各国が観光業に力を入れ始めた時期を調べてみてください。それはみな、社会保障制度の問題が表面化し始めた時期と見事に重なっているはずです。先ほども申し上げたように、これは好む好まざるではなく、少子高齢化問題に直面した先進国が避けては通れない道なのです。

(2)人口減少による「氏子」や「檀家」、観光客の激減

神社や寺の維持に欠かすことができない「氏子」や「檀家」の数が減少しています。この流れは、少子高齢化でさらに加速度的に進行していくことが予想されます。

総人口が減っても東京、大阪、名古屋、福岡などの大都市は、それほど急激に人口は減らないはずです。となると、人口減少の悪影響がもっとも顕著にあらわれるのはどこになるのかと言えば、やはり地方です。人口が減れば、それに伴って氏子や檀家も加速度的に減り、参拝客も観光客も激減するはずですから、所有者が地方の文化財を維持していくのがきわめて困難になっていくでしょう。このような必然的な収入減を食い止めるには、リピーターを増やして、単価を上げる必要があります。そのためには、満足度を上げる必要があるでしょう。満足度を上げるためには、文化財の強すぎる保護行政を調整することが求められます。

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