”既得権益”崩壊は、マスコミ人の働き方をどう変えるか?《若手記者・スタンフォード留学記 38》

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ジャーナリストがサラリーマンを卒業するとき

結局、今、日本のメディアのレベルが低い最大の理由は、メディア業界にサラリーマンしかいないからです。サラリーマンはいてもいい。ただ、比率がもっと下がらないといけません。

そして、今、生まれつつある新しい働き方は、ジャーナリストの競争とキャリアパスの多様性を高めることになるでしょう。

アメリカの場合、「地方メディア → 有力メディア →独立」という出世コースがありますが、日本の場合、就職してそのままの会社で人生を終えるケースが大半です。

これから有望になりそうだと思うのは、「大手メディア → 契約記者 → 独立」という、新たなキャリアパスです。まず大手メディアに入って、5~10年間修行した後、契約社員になって、新しい分野に打ってでて、その後フリーとして稼ぐ。一方で、安定と影響力を保ちたい人は、リターンは少ないけれど会社に残る--そういう風にそれぞれの適性と実力と野望に応じた、キャリア設計が徐々に可能になってくるのではないでしょうか。

日本のマスコミ人全体が得る給料の総額(=メディア企業の就業者数×平均給与)がこれから減っていくことは間違いありません。

しかし、それは、希望がなくなることを意味しません。

知力・体力・時の運さえあれば、今までより自由に、かつ多くの報酬を得ながら、やりがいの仕事をできるようになる。よりフェアに実力に応じた名誉と報酬が与えられるようになっていくと思います。

こうした変化が実現するには、まだ相当時間がかかると思っていました。ただ、最近の広告市場の低迷や、部数・視聴率の低下や技術の進歩を見るにつけ、思いの外早く実現するのではないかと感じるようになってきました。

いつの時代でも、どこの国でも、おいしい既得権益を持っている層が、自分からそれを譲ったなんて話は、耳にしたことはありません。だから、今まで日本のメディアが変わらなかったのは当然と言える面もありました。既得権益がおいしすぎたのですから。しかし今、マーケットメカニズムと技術革新がその既得権益を打ち壊そうとしています。

だから、若いジャーナリストの人間は、会社でずっと生きていくことだけを考えず、「どうせ会社に残っても、ジリ貧なのだから、将来、ひとりでも食っていけるだけのスキル・体力・人脈をつくっておこう」と開き直る--そういう思考の人間が増えてくれば、自ずと、メディアの質も上がってくるでしょう。

そして、激しい競争にもまれながら、組織のくびきから自由に意見を言って、金銭的にもサラリーマン記者より恵まれている、小さなスターがたくさん生まれてくれば、ジャーナリストを目指したがる若者も増えてくるはずです。

メディア業界がよりフェアで自由な働き方を認めるようになれば、それが報道にも反映され、きっと日本全体がより良い方向に進むでしょう。

まずは魁より、いや、メディアよりはじめよ。私自身を筆頭に(笑)、人の批判ばかりしているメディア業界の人間が、自らフェアな競争に自身をさらせば、自ずと日本のジャーナリストに対する信頼感が高まってくるはずです。


佐々木 紀彦(ささき・のりひこ)
 1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2007年9月より休職し、現在、スタンフォード大学大学院修士課程で国際政治経済の勉強に日夜奮闘中。

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