フェラーリの「独立」は何を意味しているのか フィアットへ下克上、自由にはリスクが伴う

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マルキオンネはフィアットにとって大いにプラスとなるクライスラーとの経営統合をまとめ上げ、モンテゼーモロに対して引導を渡すという、アニエッリ家からのミッションをしっかりとこなし存在感を高めたわけだ。モンテゼーモロが勇退したことで、彼とそりが合わなかったジョン・エルカーンが名実ともにFCAの顔となり、アニエッリ家はFCAと共に完全にフェラーリをコントロールすることになる。

フェラーリブランドにとって上場はどう影響するか

フェラーリの上場と独立によって、アニエッリ家のフェラーリ支配が高まること以外にもフェラーリとFCAの戦略にも大きな影響を与える。FCAが得た資金を元に、マセラティとアルファロメオなどのブランド強化を進めるだけでなく、フェラーリがFCAから分離することにより、グループ内のブランド棲み分けから自由になることも意味する。

今までは、マセラティはフェラーリの価格帯とバッティングするミッドマウントエンジンのスーパーカーをラインナップすることはなかったし、フェラーリはマセラティの価格帯とバッティングする6気筒クーペの開発も検討さえされなかったが、これからのフェラーリはそういったしがらみに囚われることなく、ブランド内で戦略を考えることが理屈では可能となる。

モンテゼーモロが述べた7000台というフェラーリ年間生産台数のリミットを守るのなら、今までのセグメントとは異なるモデルを追加することが、希少性を損なわずに数量を持ち上げるひとつのアイデアだ。

マルキオンネは2019年を目途にフェラーリの希少性を維持しつつも、年間9000台を目標とすると仄めかしている。それが噂のディーノ・プロジェクト(注)であろう。既にマラネッロでは新しいV6ターボエンジンの開発が終了したとも言われている。株式上場した以上、企業としての成長戦略を株主に提示しなくてはいけないであろうから、この新しい戦略案は具体性を帯びてくる。

ディーノ246

(注:ディーノ206/246はフェラーリがかつて製造していた市販スポーツカー。エンツォ・フェラーリはV12エンジン搭載モデルのみにフェラーリの名前を付け、この6気筒モデルにはディーノというブランドを与えた。現在では12気筒モデルだけでなく8気筒モデルもフェラーリの名前が付けられている)

一方、フェラーリの独立は拙著『フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング』(KADOKAWA)の中でも触れたように、プレミアムブランドにとって最も重要な要素である「独自性と持続性」「希少性」「伝説」のうち、「伝説」を書き換えてしまうリスクを伴う。

『フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ~伝説を生み出すブランディング』(越湖信一著、KADOKAWA)。上の画像をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

今までのフェラーリは、エンツォ・フェラーリやモンテゼーモロなどがブランドの「顔」だった。前述のアニエッリ家の動きも含めて、フェラーリの内情はベールに包まれていた。良くも悪くも、そういったフェラーリのミステリアスな部分がフェラーリ神話に奥行きを与えていたともいえる。

今回の体制の変化によってそのベールは剥がされた。フェラーリという企業の価値がより具体的な数字で表される時が来たといえるが、この変化がフェラーリのブランドパワーに対してどのように作用するかは未知数だ。スーパーカーのブランディングのために創始者たちが作りあげてきた虚像とも実像とも解らないヒストリーの内情がさらけ出されることは、ブランドにとって大きな踏み絵なのだ。

越湖 信一 PRコンサルタント、EKKO PROJECT代表

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えっこ しんいち / Shinichi Ekko

イタリアのモデナ、トリノにおいて幅広い人脈を持つカー・ヒストリアン。前職であるレコード会社ディレクター時代には、世界各国のエンターテインメントビジネスにかかわりながら、ジャーナリスト、マセラティ・クラブ・オブ・ジャパン代表として自動車業界にかかわる。現在はビジネスコンサルタントおよびジャーナリスト活動の母体としてEKKO PROJECTを主宰。クラシックカー鑑定のオーソリティであるイタリアヒストリカセクレタ社の日本窓口も務める。著書に『Maserati Complete Guide』『Giorgetto Giugiaro 世紀のカーデザイナー』『フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング』などがある。

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