(第12回)「食育」と粗食・その2

山崎光夫

 家庭や教育現場で「食育」が浸透している。食べることの見直しが始まっている。
 「食育」は、「知育」「体育」「徳育」「才育」とならんだ「五育」のひとつである。
 この「食育」という言葉を日本で最初に使いはじめたのは、福井県出身で陸軍薬剤監だった石塚左玄(さげん)(1851~1909)である。四十五歳で『化学的食養長寿論』を著し、地方に先祖代々伝わってきた伝統的食生活には意味があり、その土地に行ったらその土地の食生活に学ぶべきであるという“身土不二(しんどふじ)”の原理を発表した。さらに、食の栄養、安全、選び方、組み合わせ方の知識とそれにもとづく食生活が心身ともに健全な人間をつくるという教育、すなわち「食育」の重要性を説いている。

 このたびの「食育基本法」は、“石塚左玄法”ではないかと思えるほど、石塚の発想と原理を取り入れている。
 石塚は地産地消の精神を真っ先に唱え、重視した人物だった。この「食育」のパイオニアを生み、また、『解体新書』で知られ八十五歳まで長生きした杉田玄白の出身県のためか、福井県は有数の長寿県となっている。男女ともおおかた三位以内にはいっている。
 ところがよく調べると、第二次世界大戦前までは、後ろから数えたほうが早かった健康劣悪県だった。それが、戦後、結核を撲滅して、県民の意識を変える教育が徐々に浸透し、今は“なぜか長寿”なのである。単なる長命ではなく、健康長寿が特徴となっている。
 かくいう私は福井出身である。ここで故郷自慢をするわけではないが、福井には海、山、里の幸がそろっている。だが、それらの材料を使った料理は贅沢や豪華とは無縁で、おおむね粗食に類する純日本家庭料理である。

 その代表が、お講料理。寺で定期的に開かれるお講(法話の会合)のあとに参加者が食べる料理で、豆や芋、大根などの季節の野菜と豆腐や油揚げなどの大豆製品を中心とした精進料理である。一言でいえば、野菜、根菜のごった煮である。九州・福岡の筑前煮(じぶ煮)に似ている。
 お講料理では、こうした伝統食に舌鼓を打ちながら世間話を楽しみ、日頃の憂さを晴らしつつ、情報交換する場となっている。

 私の子どものころは、身欠きニシン(ニシンの頭と内臓を除去して天日干ししたもの)を一日一本、おやつがわりに食べていた。昭和二十年代、日本海でニシンはそれこそ腐るほど捕れた。カズノコも正月の重箱にこぼれるほどに山盛りにされていたものである。それが今や幻の魚となっている。私は固い身欠きニシンをおやつに噛んだお陰で、歯は丈夫に、また、良質の蛋白源だったので、今日までさしたる病気をしないで還暦を越えられた。身欠きニシンさまさまである。今では、この身欠きニシンの昆布巻きや大根との甘辛煮を食卓にのせて賞味している。

 福井にはソバ文化も定着している。これは戦国時代、京都の後背地としての宿命から、戦場となることが多かったという歴史的要因のため、ソバが非常食、兵糧として重宝された経緯がある。
 県内にはじつに手打ちソバ屋が多い。メニューに必ずあるのが、「越前おろしソバ」。ふつうのザルソバに大根おろしと汁(つゆ)をかけて食べる単純そのもののソバである。削り節やねぎ、ワサビ、七味唐がらしなどを薬味とするのは自由。ソバは低カロリー食の代表。また、大根おろしには消化作用があり、制ガン作用も確認されている。「越前おろしソバ」は粗食ながら、“なぜか美味い”のである。
 粗食県福井、バンザイ、というと、これはやはり故郷自慢になってしまうのか。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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