(第15回)数学大国江戸の日本~算聖関孝和~(その6)

●算聖関孝和の生涯

関孝和生誕350 周年記念切手

関孝和の出生についてはっきりしたことはわかっていません。生年は1637 年から1642 年の間、出生地は上州藤岡か江戸のどちらかといわれています。偉業を成し遂げた人物にしてはお粗末と思われるかもしれませんが、それには理由があります。関家がお家断絶の憂き目にあってしまったのでした。
 関孝和の生涯をその業績とともに追ってみることにします。

1640 年ごろ生まれた関孝和は幼くして両親に先立たれました。父の同僚だった関五郎左衛門(せきごろうざえもん)の養子となり、武士として一生を終えることになります。幼い頃から数学が好きだった関孝和は多くの遺題を解いていったのです。先人の和算家の技をどんどん吸収していった関孝和の実力は、ついに誰も追いつくことができないところまで到達していきました。

●歴代数学者が追い求めたテーマ~円周率~

関孝和は円周率計算の歴史に名を残しました。連載第12 回で紹介した関孝和の計算は、先輩和算家である村松茂清(1608~1695)の『算祖』の円周率計算(正32768 = 215 角形から円周率8 桁を得た)を参考にしたものでした。村松が行った正多角形を円に内接させていく方法は踏襲しながら、その中に新しい規則~等比数列~を発見することで関孝和は正131072 = 217 角形から円周率
11 桁をはじき出したのでした。


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