福岡にある宅老所に新しい介護モデルをみた 「優しく社会と繋がる未来がほしい」

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しかも、それに加えて新たな問題が浮上した。グループホームとして使っている施設(というか民家)が、厳しくなった耐火基準を満たさないと判断され、使えなくなってしまったのだ。そして、デイサービス施設として支持されればされるほど起こるジレンマ。「通い」、つまりデイサービス利用を始めたお年寄りが「泊まり」を必要とすれば、通所施設として認可されている「よりあい」は、「泊まり」を自主事業として行うしかない。自主事業である以上、介護保険からの報酬はゼロである。「泊まり」の利用者が増えれば増えるほど経営状態は悪化した。またそれは、職員の疲弊も招いた。職員たちは、ただでさえ悪い経営状態をフォローするために、バザーや物品販売などの資金稼ぎにも励んでいた。増える夜勤日数。長時間労働。体調を崩す者が増え、退職者も増えていった。

老人ホームに入らないで済む人のための老人ホームを

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そこで2011年、事態を打開すべく、特別養護老人ホーム建設に向けて動き出す。しかし「よりあい」が作る特養は、普通の施設とは違っていた。

「僕たちは、老人ホームに入らないで済むための老人ホームを作ります」

用意できた土地は福岡市内住宅街の中にある600坪ほどの「森のような場所」。資金を集めて土地を購入し、建っていたボロ屋をカフェに改装した。存在はクチコミで広がり、多くのお客さんが訪れるようになった。色んな年代の色んな人たちがそこで過ごしていた。もちろん「よりあい」からやってくるお年寄りの姿もあった。

代表・村瀬孝生氏は、特養建設のための住民説明会でこう言った。

「僕らはこういうふうにしようと思ってます。あの森のような場所に作る老人ホームは『老人ホームに入らないで済むための老人ホーム』にしようと。自分たちの安心は自分たちで作る、あの森はそういう場所にしていこうと」

施設と社会がゆるやかに混ざり合うような佇まいの場所を作る。著者は「よりあい」がやろうとしていることをこのように表現する。

「よりあい」は介護を地域に返そうとしている。老いても住み慣れた町で暮らすには、もうそれしかないと考えている。人と人を自然な形でつなげ、顔見知りの人を増やしていくことで、そこに「困ったときはお互い様」というセイフティネットを作ろうとしている。

 

「よりあい」は、昔に比べて失われつつあると言われる「ご近所づきあい」のようなものを、宅老所という場を通じて新しくつなげていくことができないか模索することで、介護の新しいモデルを作り上げていこうとしている。

「わたしがそんなに邪魔ですか?」
……
ぼけた人を邪魔にする社会は、遅かれ早かれ、ぼけない人も邪魔にし始める社会だ。用済みの役立たずとして。あるいは国力を下げる穀潰しとして。どれだけ予防に励んでも無駄だ。わたしはぼけてない。話が違うじゃないかと泣き叫んでも無駄だ。

 

私たちを待ち受けている「老い」とは、どんなものなのだろう。自分の身に起こる加齢による変化、それは予測がつく。しかし、高齢者となった自分の周りにはどんな世界が広がっていて、どんな社会がつながっていて、その中でどのように生きていけばいいのだろう。将来に対する漠然とした不安、それは未来の自分の生きる場所がわからない、想像がつかない、ということに拠るものなのではないか。それを思えば「よりあい」の姿は眩しい。

野坂 美帆 HONZ

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のさか みほ / Miho Nosaka

文苑堂書店勤務。三十路子持ち書店員。好きなジャンルは建築。気になったらジャンル問わず買っちゃう乱読精神。地元プロサッカーチーム・カターレ富山のにわかファン。チョコ常食

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